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フッ素は毒か薬か:Twitterから学ぶ③

 つい最近、Twitterで「歯科で使われるフッ素は猛毒だ」とのコメントに数千の「いいね」がついたものが流れてきた。マナビ研究室でフォローしている人の半分は歯科関係者なので、反論リツイートしたものが表示されたのだ。面白い。考察してみる。(小野堅太郎)

 毒と薬は表裏一体である。健康に被害があれば「毒」で、健康に良ければ「薬」となる。薬は身体の機能に影響を与える物質なので、すべての薬はたくさん摂取すれば毒になる。生存に必要な塩だって過剰に摂りすぎれば死に至る。そのため、医歯薬界ではきちんと診断した上で、副作用の様子を見ながら投薬量を調整しなければならない。だから、国家試験を合格する必要がある。不勉強な人が薬といって人を死なせてしまう事件が太古の昔から連続し、それを防ぐために医療は制度化されてきた。つまり、ちゃんとした医療管理下においてはフッ素は虫歯予防の薬だが、そうでない場合は毒となる。歯磨き粉から為害性を起こすほどのフッ素を摂取するためには、お茶碗山盛りの歯磨き粉を持続的に食べ続けなければいけない。想像したら吐きそうになるが、吐いてはフッ素の害を得ることはできない。

 人体に良い影響を示さない毒もある。ヒ素や放射線がそれにあたる。しかし、食卓に並ぶ多くの食物にヒ素は含まれるし、地球を含めた宇宙空間に生きていれば放射線を浴びるのである。細菌やウイルスもそうである。これらは見えないだけで、空気中に大量にいる。問題は病原性がある(人に害をなす)微生物がどのくらいいるか?ということになる。そのため政府は安全基準を決めて、ある一定以上の濃度・条件になった場合に禁止しているのである。

 「薬になるとしてもならないとしても、高濃度では毒だから」とすべて禁止してしまうと、病気の予防もできず、治る病気も治らず、何も食べることができず、最終的に人は死んでしまう。つまり、すべてを否定することこそが「毒」である。このゾッとする主張に歯科医療人たちがこぞって反対するのは当たり前である。

 Twitterが面白いのは、そういった謎の発言をする人たちの過去のコメントが全部見れてしまうことである。ホウホウ、フンフン、「フッ素が毒」と言っている人たちの多くは「ワクチンは毒」と主張されている。「グルタミン酸が毒」という論説もあるが、今回調べた中ではそのような発言はなかった。この3つは有名な「科学否定論」であり、世界中に広がっている。「フッ素が毒」をネタにしたモノクロ映画「博士の異常な愛情」(スタンリー・キューブリック監督)を思い出す。おそらく、現在流行している病気に対するワクチン開発報道により刺激されて、ムクムクと息を吹き返したのであろう。ネットで調べてみたらわかるが、「フッ素は毒」と言っている研究者たちを見つけることができる。種は蒔かれていたのだ。

 私が研究室に身を置いたとき、助教授として中村修一先生がおられた。中村先生はネパールでの歯科医療(国際協力活動)を精力的に行っておられ、子供たちにフッ素洗口を実施されていた。飲み会の時であったか、酔っぱらった私が「フロリデーション(水道水へのフッ素添加)をやらないのは、日本の歯科医療の恥だ。」みたいな過激な発言をして、中村先生から諫められた記憶がある。中村先生は国際協力室に移り、教授を辞するときに部屋に呼ばれた。「小野、日本のフッ素予防は長い長い苦難の歴史にある。いつか日本社会がフッ素を受け入れるときが来る日まで、長い議論を続けなければいかん。」と一冊の資料を渡された。これまでのフッ素虫歯予防に関する賛成・反対の新聞記事・論文がまとめてあった。今回、この受け継いだ資料をもう一度開いてみたところ、あらためて根の深さを感じた。

 フッ素やワクチンを否定している人たちは、自分の主張は正しいと信じている。デマを拡散しようとしているわけではない。真実を伝えようとしている。そもそも政府や科学を権力として否定している方たちなので、研究者や医療人が間違いを指摘したところで聞いてもらえる余地はない。科学的根拠については、「研究者からの告発」としてマスメディアに何度も取り上げられているため、むしろこの人たちの方が容易に根拠資料を提示することができる。我々が頑張って、フッ素やワクチンが公衆衛生に重要だという論文や記事を集めて提示したところで、内容が難しくて相手に伝わらない。つまり、そもそも考え方を変えてもらうことは不可能に近い。かといって、放置して拡散すれば、より大きな声となっていく可能性がある。コツコツと「それは違うんですよ。」と言い続けるしかなく、まさしくフッ素やワクチンの普及活動そのものです。

 先に「フロリデーションをやらないのは」との私の過去の恥ずかしい発言を書いたが、20年経って、今は逆の考えを持っている。「フロリデーションしなかったのに、歯磨き習慣や局所的フッ素塗布を普及させて子供の虫歯発症をここまで下げたのは、日本の歯科医療の誇りだ!」と思っている(小野は特に何の活動もしていないが)。知識を得るだけでなく、時の流れそのものが人の考えを変えていく。科学を否定する方たちを強く否定して孤立させるのではなく、他の方法を模索していかなければならない。「いいね」が数千ついていたところで、所詮数千。そもそも気にするほどののことはないのかもしれません。

 フッ素の話題が出てきたということは、次はワクチン否定論が盛り上がってくる可能性があります。問題はこれから起きてくるのかもしれません。ただでさえ、予防接種の受診が減っていると報道されているのに。この予言が当たらないといいのですが・・・。

 補足: noteの記事は大体1週間前に書き上げています。2日前よりまさかのイソジン騒動が起きてビックリしました。


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