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20年前の信じられない研究環境:大学院体験記④

 大学院修了ほやほやの二人に体験記を書いてもらったところで、自分の大学院を思い返してみた。歯科医師免許を取得しながら、臨床ではなく、基礎研究の分野(当時は講座)に入学したが、急にポストが開いたので、大学院を2か月で退学し、助手となった。当時の研究環境を思い出すと、今とは全く違う。昔に戻ったつもりで、当時の体験記を書いてみる。(小野堅太郎)

****大学院体験記(20年前)*****

 私が大学院に入学したとき、先生方が使うパソコンは主にマッキントッシュ(マック)でした。自分はWindows95。巨大な奥行きのあるディスプレイが並び、フロッピーディスク10枚でソフトのインストールをちまちま行うこともしばしばでした。パッチクランプアンプの操作はDOS/V(ドスブイ:Windowsの前身、コマンド入力)です。Basicでプログラムを書いて、得られた電流波形をサーマルアレイレコーダーに印字しました。論文に載せる波形は、VC-12を介してVHSビデオテープにアナログ録画し、あとでマックラボというA/Dコンバーターで取り込んで、メモリエラーを起こさないレベルのサンプリングレートで取り込んで画像化しました。パッチクランプ用の顕微鏡画像をモニタ出力するため、秋葉原の通信販売で購入した液晶モニター(パチンコ用ジャンク)とCCDカメラをはんだごてで作成した回路を介して接続しました。記録でリップルノイズが出たときには、アンプを開けてコンデンサーを回路に挟み込んだりしました。

 教授の学会プレゼンのスライドを作ることになりました。レーザープリンターで印刷されたグラフに種々の記号を追加するため、記号が張りつけられたシートを紙の上においてゴリゴリ上からなぞって、印字しました。暗室に入って、カメラで撮影しました。過去のスライドを照射して背景が青くなるようにしたり、スライドケースに挟み込んだり、順番に並べたり、学会前2週間は大変でした。翌年には大学にパワーポイントで作成したネガフィルムの撮影器が導入され、20枚ほどのスライドをフィルムに2時間ほど焼き付けるのにかかりました。

 論文は片面で印刷し、3部作成し、ファイルなどに分けて、4㎝ほどの厚さになった封筒を国際郵便でトラッキングをつけました。1か月強、相手先に届くのにかかりました。一回のレビューに対するコメントをつけて、アクセプト(受理)されるまでに6か月以上かかりました。掲載が決まって、レイアウトを編集された原稿はFAXで海外から届きました。48時間以内に返信しなければならず、その時は大慌てで、はじめての英語での海外FAX送信を何とか乗り切りました。

 Windows対応、電子メール、インターネットがどんどん普及し、アップルのiMacブームによる巻き返しなど、いろいろありました。研究技術もどんどん変わっていきました。遺伝子増幅のPCRはミネラルオイルを使わなくなり、短時間で終われるようになり、アニーリング温度の検討も一回でできる様になりました。免疫染色も2次抗体の蛍光が見えやすく、退色しなくなりました。そんな中、ようやく博士号論文となる論文の掲載にこぎつけました。

 Journal of Physiologyは生理学者なら、掲載にあこがれる雑誌でした。こうして私は、歯科医師ではなく、基礎研究者の道を歩むことになったのです。

*****20年経って*****

 研究室には、手動のタイプライターがありました。今思うと、廃棄するべきでなかったAppleⅡがありました。暗室はすべての講座の研究室にありました。研究室が共有化される前ですので、他の講座の研究スペースに足を踏み入れることはありませんでした。今では、ファイル互換の問題はほとんどなく、スライドは各自で瞬時に作って、学会ではプロジェクターで照射します。論文の提出はすべてオンラインで、早いと1-2か月でアクセプトまで行きます。インターネットは当たり前、電子メールはむしろめんどくさい社交辞令の文書となりました。実験の多くは自動化され、自作していた機器も安価なものが購入できます。

 論文は以前の3-5倍ほどのデータ量が必要になっています。分子生物学的手法の実験はほぼ必須になりました。電気生理学者の数は激減し、専用機器の値段は高騰し、生理学系有名雑誌のインパクトファクターは低下し続けています。外注の実験(試験)は増えたように思います。さらに20年後、研究世界はもっと進化し、変わっていくでしょう。

 教育は、黒板・OHPからパワポスライドになったぐらいで、大きくは変わっていませんでした。現在の感染症によりオンライン授業という大きな転換を迎えています。

 とにかく今は、研究と教育の大きな変化を乗りこなすだけです。

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