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マルチブックの課題と2021年フォーカスポイント

半年ほど前に、当社のメンバーと他SNSサイトでの投稿を行っていたのでnoteにまとめてみることにした。これを書いた1年前の当時はまだCFOの立場でした。SaaS企業の経営のバトンタッチを受けたのがちょうど半年前。この時期に何を考えていたのか自分の振り返りとしたい。(注:役職などは当時2021年1月のまま表示)

1.ビジネスモデル概要

現在、私の勤務先は、株式会社マルチブブック(代表 村山忠明 東京都 :以下当社という)である。当社には2019年9月よりCFOとしてお世話になっている。当社の事業は大きく二つの事業があり、一つはドイツSAP社製のERPシステムコンサルティング事業、もう一つが2016年から自社で開発・販売をするSaaS型ERP事業である。

システムコンサルティング事業は、いわゆるSAPコンサルティングと呼ばれる企業の基幹システムの導入、開発、保守を行っている組織であり直近決算において当社の売上の9割を占める。

当社の創業当時から外資系企業や大手日系企業のプロジェクト支援を行っていたが特に日系自動車企業の案件で、ヨーロッパ全土、アジア各国へのシステム支援を行ってきた。そこで培ったのがこの業界ではロールイン・ロールアウトと呼ばれるプロジェクトノウハウである。

このプロジェクトの特徴は進出先国での個別要件とシステム国要件とのギャップを明らかにしてそれぞれの国の利用者にとって必要な要件を満たさなければいけないため通常の国内プロジェクトよりも難易度が高い。加えて、外国語で運営が行われることもあるため英語あるいはその国の言葉で仕事・開発ができることが必須であった。この機会を通じロールイン・ロールアウトを経験した各国のノウハウに加え、オフショア開発、グローバルヘルプデスクなどをフィリピン、タイに整備し全世界90名ほどの規模にまで成長してきた。

一方、自社のクラウド型ERP・会計「multibook」事業については、2015年に開発を始めたシステムである。このサービスは、まだまだ売上規模が大きくない国や地域、利益額や利益率の低いインダストリーで大型ERPを利用しない顧客を対象としている。

海外現地法人の小さな規模であっても、各社毎に追加開発が必要となるオンプレミスの設計思想で作られてきたSAPシステム等の大型ERPでは調査、Fit・Gap、開発、教育、保守など最低数億を超えるとも言わる。SAP等の問題はいくつかあるが、一番の問題は全てのであってもいわゆる第2標準ERPシステムをマジ追及したサービスである。

当然のことながら国内の中小拠点であっても上場会社はもちろんのこと海外進出を行う際には、中小規模の現地子会社では現地で経理・会計の対応が必要であり、会計事務所に依頼するか現地ローカルのソフト(日本でいうところの弥生のようなもの)を用いることが多い。

しかしながらそのいずれの方法も現行の標準的なサービスであれば、本社との連携が最低限の会計データをエクセルやPDFで集められたとしても、経営管理で必要な組織別、プラダクトライン別の経営管理やBIによる分析は困難であり、エンタープライズ企業でよく用いられるシンガポール、香港、オランダでの地域統括本社拠点などでのグループ管理は困難なものになってしまう。

これらの課題を解決し、もっと多くの企業に簡単に当たり前のようにERPを使ったグループ経営を”全世界”で実践してもらいたい思いで開発を続けている成長するシステムである。

なお、当社はこのサービスをサブスクリプションのサービスとして提供している。このサービスは昨今のクラウド・オープンソースの技術に加え、今では一般的に利用されるようになったクラウド(Amazon Web Service)上で展開をしている。

このシステムサービスは現在11の言語に対応して、25の国と地域で受注、発注、在庫管理、会計、ダッシュボード機能を1拠点月6万円~の魅力ある価格で利用いただいている事業である。なお当社が提供するサービスのアプリケーションは会計・受注・購買・在庫管理システムの範囲を前述の11ヵ国語に加え、世界すべての通貨での利用を可能としている。

この二つの事業を推進し企業価値を高めるための成長資金の確保と、企業・製品ブランド向上を目指して東京証券取引所への上場を目指しており、そのリードを担うのがCFOとしての私の役割である。(CFOは当時の役割)

2.ERP業界の市場分析

この異なる事業をもつ当社であるが、このERP業界の市場環境を先に整理しておきたい。SAP社に代表されるERPソフトウェア業界は引き続き堅調に市場が拡大している。業界の2025年問題として騒がれているが同年までにこのERPシステムのアップグレードを行わないと保守切れになることを同社は発表している。そのタイミングに向けて大手企業を中心に新バージョンへのアップデートのプロジェクトは盛況な状況が当面続くと見られている。(今年に入りプロジェクトを担えるコンサルタント不足を考慮し、SAP社は2027年までこの保守期限の延期を発表している。)

 UZABASE社調べによると、国内ERPライセンス市場は1004億円と推計されており、ソフトウェアプロダクト市場の全体は1.5兆円であることからすると1割にも満たない。背景にはERPは関連業務を統合管理できる一方で、高額なシステム導入となることから対象は大手企業が中心だったことが挙げられる。今後もある程度の成長は見込める市場ではあるがこのような高額なシステムであれば利用できる企業が限定的な流れは続くであろう。

同様の大型ソフトウェア競合は、海外系ではオラクルのネットスイート、マイクロソフトDynamics、国内系ではOBIC7、GRANDIT、MCFrameGAなどが提供しているが海外を含めた提供範囲とシェアおいてはSAP社ERPシステムが1強となっている。

近年この流れに変化が出てきている。SaaS型と呼ばれるクラウドサービスの台頭である。ERP大手がオンプレミスで社内や自社のデータセンターでのソフトウェア利用を前提としているのに対してSaaS型はクラウド環境を用いて同様の機能サービスをサブスクリプションで提供し一般的には初期の金額負担が少ないビジネスモデルとなっているのが特徴だ。

オンプレミスが既に大手企業にいきわたり市場の拡大が保守や税制変更などのイベント特需だよりになる傾向に対してSaaS型については大手以下の企業規模で導入が今後増えていくことが見込まれる。

国内市場をリードしているのはフリー社やマネーフォワード社でクラウド会計サービスを月額課金で提供している。Finテックに代表される世の中を便利にさせるサブスクは今後も世界的に成長が見込まれる。今や最大手であるSAP社も豊富な資金力を背景にクラウドでの事業の提供を開始しており、オラクル社もクラウドERP大手のネットスイート社を1兆円もの金額で買収し注力を始め競争が激しさを増している。

これらの市場環境と当社の注力ならびに成長機会を鑑みて、当社のクラウド型ERP事業を対象とした自社の販売・CRM戦略とその課題について考えてみたい。

3.当社の優良顧客の定義と顧客識別

当社クラウド型ERP事業(SaaS)における優良顧客は誰になるのか?の定義から考えていきたい。その優良顧客の定義は図1で表している。当社のサービスである海外全ての拠点で利用するERP・会計サービスとして、

multibookサービスの優良顧客の定義
1、複数の拠点で利用すること
2、各国向けに投入される新機能を利用すること
3、毎日利用すること

優良顧客の定義


まだ200社程度の利用によりこの優良顧客の数はまだまだ少ないのが実態だ。それは優良顧客化を促す販売の管理と仕組みがなく、当社の営業展開が図2顧客の識別に表すとおり、比較的層の多いライトユーザーと会計事務所ユーザーにフォーカスしており自社としての優良顧客「化」の取り組みが遅れていることが課題に挙げられる。

顧客の識別

そのため優良顧客化への営業活動が重点的に行われていなかった。ライトユーザーと会計事務所に傾注するあまり具体的な行動が見いだせていなかったとも言える。また現実的にはこの顧客の識別分解も適切に行われていない。

ITサービスとして1顧客=1IDの付与はあるものの顧客を契約企業全体としてとらえたおおざっぱな損益管理に終始し、ユーザー単位での個別のアクセス分析、頻度分析などのいわゆるRFM分析は行われていないことも課題として挙げられる。

現在: 1顧客=1企業
これから:1顧客=1ユーザー

4.顧客接点・リレーションの構築と組織

現在の顧客との接点を図3に示した。顧客の獲得の比率は、直接販売40%、海外代理店 50%、会計事務所10%となっており、不足する営業リソースの補完として代理店を用いて販売実績の拡充を目指していた。

チャネル

前節で示した顧客識別と優良顧客化は直接的、間接的にも行われておらず、更には代理店を通じての販売により顧客接点が希薄化し、その結果導入後のリレーション構築が不十分で真のファンとなる優良顧客化への取り組みが遅れていることが挙げられる。

更に事業特性として難易度を上げているのが海外現地法人である。多言語・多通貨システムであるため海外現地での利用にともなうサポートが要求される。このため各国現地の代理店に依存し過ぎたことでBtoB営業において大切な「意思決定者」「ヘビーユーザー」との接点が薄れてしまっていることが考えられる。実際当社の主な接点となっている役割タイプは「ユーザー」となり、表1に示す通り実際のシステムとしての使い勝手で現地での個別要件対応が優先となり、権限者の求めるレベルでの販売・開発の対応が弱くなる可能性が否めない。

直接販売力の深化
カスタマーサクセスによる顧客志向の徹底


ここでの当社の組織上の課題は、BtoB取引おいて、特徴と考えられる意思決定の複雑さに対する取り組みが不十分であり、図表4で示す通り多くの役割タイプ別に求める期待値に対する理解と対応が不足し、優良顧客化の必要なステップである複数拠点での利用といった、より権限者の意思決定がもとめられるフェーズへ移行する提案へ進められないことは顧客接点を作り出す組織とその実行上の課題と考えられる。

CRM導入に必要なもの

また前段で述べた権限者への取り組みの他に、B2Bでは情報システム部門が担う情報セキュリティについてもある一定の企業規模からは顧客接点上のキーとなる期待事項と考えられる。ISMS等の取得を早期に行う必要がある。

B2Bにおいてはこれら役割タイプに応じた組織とその対応について取り組みをおこなえる組織の必要性を認識するに至った。

エンタープライズ営業へのシフトと営業力強化
ISMSの取得


5.顧客データ活用と管理

一般的な顧客データとして取り扱う顧客データの拡張として、ERPシステム上の様々なログ解析が考えられる。例えば、顧客導線と滞在時間である。通常の会計、受注などのトランザクションデータに加えて、顧客IDに紐づくシステムの導線とその権限に応じたシステム導線と利用サイトの滞留時間から顧客の利用する画面と画面遷移と提供トランザクションを解析しユーザインターフェースを改善する。このことによりユーザーの効率性と満足度を高め長期に利用してもらう関係の構築が可能であると考えられる。

また自社にとっては、システムのUIとなるビューの改善について、実際に利用されるビューをパレート曲線に応じた開発の優先順位付けを決定することを行える。今まで労した開発リリースについて実際の“満足度”効果の測定が困難であるが、このようなログ解析によりエビデンスベース・データドリブンの”顧客視点”の開発計画につなげる期待ができる。

ログ・利用状況解析の実施
UIデザインの見直し、UXの社内理解浸透

6.当社のLTVとLTV向上施策

この月額、年額での利用料課金で所有から利用へとシステムの在り方を変えた「サブスク企業」と呼ばれるこれら企業群は、赤字の業績ながら非常に高い企業価値をもつ。

この高い企業価値は、サービス利用の対価として毎月、毎年繰り返し支払われる利用料にくわえ、継続的なサービスの利用、言い換えれば解約をされずに利用されることがサブスク企業にとっての価値の源泉でもある。その価値を数値で表すのがLTV(顧客生涯獲得価値)である。

当社においてもこの数値は経営上の重要な指標として活用しており、このLTVに応じた投資計画を立てる等に社内利用している。その算式は次の通り表される。

LTV(顧客生涯獲得価値)=年間平均購入金額 ÷解約率
LTV=(サービス単価 x 利用者数) ÷ 解約数/利用者数

LTVの算式における年間平均購入金額は、サービス単価を上げるために製品ラインナップを増やしより高いサービスの利用を促す、あるいは利用者数を増やすことで高めることができる。また解約率については、解約数を減らしサービスの離反を減らす取り組みに加え、分母である利用者数の増加も解約率を下げる要素となる。

この算式からもサブスク企業の評価において、いかに利用者数が大切であるかは明らかであり、各サブスク企業におけるIR資料においては、このユーザー数の獲得と成長率が特に強調されて伝えられている。

これまで前節までに示した当社課題と必要な打ち手について図表5にLTVの最大化にむけて現在の課題としてまとめた。LTVとその要素分解により示された狙いを明らかにすることで社内でより実行とその評価が容易になる。これら課題と打ち手を組織に確実に浸透させることでLTVの最大化、そして企業価値の最大化につなげていきたい。

LTV最大化に向けての課題


7.SaaSによるLTV経営の課題は資金

このSaaS事業の顧客戦略実現に向けて、継続的な施策の実行には資金が必要となる。それは多くのSaaS企業がそうであるように、事業の黒字化にはある一定の時間を要する。前節で述べたLTVの数値はある一定の期間利用することが前提となるためこの算式で実行される各種戦略投資は図6で表されるように潜航期から始まる段階を利用者数獲得に応じて必要となる。

Jカーブ

多くのSaaS系上場企業は非常に高い時価総額を示しているが、決算は単年度赤字が続いていることにより、今や赤字にも「良い赤字」、「悪い赤字」という言葉が使われる時代になった。

このある期間続く過程において事業を継続するための資金を確保し調達し続けることがこの事業のもう一つの課題となる。

資金調達


8.戦略実現の一丁目一番地はコミットメント

最後に、LTVを高めるCRM戦略において最も大切なことで締めくくりたい。それは経営者が自ら先頭にたって戦略を構築し、社員・組織の一人一人すべてに意識浸透を図らなければならないということである。

図7に示す、戦略実行の循環サイクルにおいて、特に「方向付け」に示された経営者みずからが戦略を明確に示すこと、そして全ての社員にその本質的な考えを共有することが全ての起点となり継続の要となる。

2021-12-31 13_28_05-自社のCRM図示 - PowerPoint

これこそがまさに事業を成功に導く要諦であることに改めて気づかされた。ここで論じた会社のKPIを作り、組織と人を動かすという取り組みをリーダー自らが行うことが求められる。

この戦略の実行自らリードしていくことを私自身の2021年に向けたコミットメントであると記しておく。


参考文献
「CRMの基本」 坂本雅志
「マーケティング・プロフェッショナリズム」 山梨広一他
「売り切り型からの事業転換の挑戦」https://crohack.libcon.co.jp/n/nc2298a74b416
「スタートアップ・ベンチャーが考えたいビジネスモデルと資金調達方法の関係」http://tokyo-startup.com/three-business-models-and-optimal-funding-method


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