田舎では、気負いすぎないくらいがちょうどいい。
タイトルはともかくとして、読んだ記事の中に「そりゃそうだよなあ」と思った一節があったので、今日はそんなテーマから。
そう、確かに、都会から移住してきた人からみれば、
その地域で行われてきたことやその進め方が、
一見すると非合理的・非効率的・時代遅れで、
一刻も早く改革しなくては!という、謎の使命感にかられてしまうことって、結構あるあるだと思うんです。
でも、それってうまくいかないことのほうがほとんどで。
なぜかといえば、その土地にはその土地の「文脈」というのが長い年月をかけて培われてきているから。
海によって穫れる魚が違ったり、
地域によってよく育つ作物が違ったりするように、
その場所ごとに、住まう人と、人と人の間にある関係性というものがそれぞれあって、
その土地ごとの風習、ものごとの考え方、行われてきたことは、
そういった関係性の中で、徐々に育まれ、定着していったもの。
それを無視して、いきなり新しいことをしようとするのは、
マグロのいないであろう海に一本釣りの竿を垂らしてみたり、
北海道にバナナの木を植えてみたりするようなもので、
もしかしたら奇跡的に、いろいろな条件が重なってうまくいっちゃうこともあるかもしれないけれど、
大抵の場合はうまくいかない。
この場所に、この作物は合いそうな気がするんだけどなあ…と思っても、
まずはじっくり土を育てて、その作物が育ちやすい環境をつくっていかなければいけないから、
もし幸運なことに、最初からいい土壌・いい場所に巡り合えたら、
案外トントン拍子にいくことももしかしたらあるかもね、ぐらいで。
作物に限らず、人がやること、人間関係にも同じことは言えるのだと思います。
少しずつ、小さな成功体験を重ねていって、
この取り組みはこの場所の「土」に合う、
誰も傷つかない取り組みなんですよ、
そういうふうにわかってもらえれば、理解者・協力者は一気に増えていくから。
だからまずは、あんまり気負いすぎずに、
小さなところから少しずつ。
そんな生き方、ものごとの進め方のほうが、着実に前には進みやすいんだろうなあと思います。
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