見出し画像

春という季節が、私の思考を女にする。

夜になってから降り始めた雨が、窓に打ちつけている音がしている。

春の雨。

なぜだかわからないけれど、ただそれだけの出来事なのに、猛烈な切なさが、込み上げてくる。


今夜の私は、完全なる「禁断愛モード」、である。

と言うのも、いつものように今日の日中から私は、ユーチューブミュージックで音楽を聴いていた。
そのようにしていつも私は、一曲一曲の世界観に、いちいち没頭しながら、日常の家事をこなしている。

と、私の耳元に心地よく流れ始めた、ある切なさ満載ソングがあった。

DREAMS COME TRUE「やさしいキスをして」。
(動画お借りしました。↓↓)


今日という一日が、終わるときに、側にいられたら。

明日なんていらない。

髪を撫でて、肩を抱いて、あなたが眠るまで。

この出逢いに、やさしいキスを。これが運命なら。

「やさしいキスをして」歌詞より引用

……………。

この部分の歌詞を聴いた私は、ずっと過去、独身時代に現実の世界で経験をした、禁断闇恋愛の記憶を、自身の脳内に蘇らせてしまった。


「明日なんていらないから。今目の前にある、この彼との甘いひとときが、永遠に続いてくれればいい…………」

なかなかお互いの時間が合わない彼と、やっとの思いで一緒に過ごせた夜。

私の心の内は、いつもいつもそのような想いに、溢れていたものだった。

(アラフォーになった今、改めてそんな若かりし頃の自分を思い返してみると、シンプルに重いよな……www、と気が付くことが出来る。当時は、そんな自分に対する客観性を、完全に見失っていました。)



それでも時間とは、誰に対しても平等であり、そして残酷なもので、そんな彼との幸せな時間は刻一刻と、着実に前に進んで行った。

いや…………

でも、私が勝手に一方的に、この「やさしいキスをして」は禁断愛の歌である、と考えているだけで、この作品を生み出したドリカムのお二人の真意は、禁断愛とは別のところにあるのかもしれないよなあ…………てことも考えたりした。


私の現在の体調的にもどうもこのところ、思考が発情期のメス、のようになってしまうという自覚がある。

春という季節が、そうさせるのだろうか。

でもまあこれは、自然の摂理にのっとっている、とも言えるのだとも思う。春になり、暖かくなると、自然と外に出て陽の光に当たりたくなり、そして異性を求め、子孫を残そうとする。

人間だって、動物なのである。

自然に自分の中から湧いてくるものに私は、素直でありたいと、そう思う。


私という人間を語る上で、やはり欠かせないキーワードになってくるのが「自然」なのだと、きのう今日と改めて思った。

自然の中を歩いて、自然からパワーをもらえると私は自分の心身が、みるみると蘇るのを感じて、脳内がスッキリとしたり、唇の色がピンク色になったりする。

身体は嘘を付かない。正直なのだ。

そんな自分の自然な身体の反応に、私はこれからも、忠実にそして素直に生きたいと思う。



ここまで読んでくださってありがとうございました。また明日、おやすみなさい。

(モヤモヤとしてしまったときにはやはり、自然の中を歩いて、そうしてあらゆるものから影響を受ける己の感覚を研ぎ澄ませて、そしてそれをちゃんと感じる、それをすることで自ずと、これから先の進むべき道が見えて来るのではないのかな〜?とか、きのう今日と考えていました。

昨夜の記事も、よろしければお願いいたします!↓)



この記事が参加している募集

記事を読んでいただきありがとうございます☺️これからも真摯に文章を書くことを追求して行きます。よろしくお願いいたします!