私の暮らしの半径5キロ
私は田舎に住んでいる。それもドがつく田舎。田舎暮らしには車が不可欠だ。足は車。車がなければ何もできん。
電車?あるわけない。たまに買い出しに行った大きな街で線路に遭遇するとドギマギしてしまう。まして、ちょうど電車が通る場面に立ち会えたときには、流れ星に出会ってしまったような興奮を覚える。子どもたちが一緒なら、なおさら。
バス?スクールバスは走っているけど、行きたいところまで行けないし、数時間に一本しかない。仕事行って保育園のお迎え行って小学生の習い事に付き合って、という生活には残念ながら使えない。
自転車?健康のためにはいいかもしれない。ただ、雪国だから冬の移動手段は別に考えなければならない。
そして、我が家からは右に進んでも左に進んでも坂道が立ち塞がる。
数年前、ダイエット効果を期待して自転車通勤を始めた夫は、その坂道を「心臓破りだ」と嘆き、たったの3回でギブアップした。
張り切って買った自転車は一万五千円。その後乗ることはなく。形から入るもんじゃねえなと心底思った。
なので今年一月、自分がランニングを始めたときは、お高いシューズを買わずguのシューズを購入。冬だったんでスノーブーツで走っていたんだけど、足の裏が痛くなっちゃって。「ランニング 足の裏 痛い」で調べてみたらどうやら靴が悪いらしい。や、そりゃそうだろうねえ。ブーツだものねえ。
ランニングが続いたら、二代目はいいシューズを買おうと思っていたけれど、季節が春めくにつれ、熊との出会いが心配になって走るのをやめてしまった。
熊。
私の世界では、遭遇の危険があるのは変質者や犯罪者よりも熊や鹿。
今年は暖冬だったので、三月下旬には冬眠から目覚めた熊が出始めるのではと不安になってきた。ドキドキしながら走るので、道端に何かあるとめちゃくちゃビビってしまう。ある日も走っていたら、歩道の端に何か大きな塊が見えて。
「熊ーー‼︎」と思ったら道端に薪が積んであった。子どもの背丈ほどの薪が。なぜ、薪が。田舎あるある。いや、ないわ。田舎でもさすがにないわ。ほんとビビった。その一件で、もう走るのやめよ、と決めた。
ようやくペースができてきたところなのにな。やめる理由が熊。
鹿。
山からおりてきて、道路を渡って海に行くらしい。塩水を飲みに行くらしい。
あまり一匹では見かけない。だいたいぞろりと団体でいる。
去年、夫に車を貸したら鹿にぶつかった。前方不注意の鹿が車の前に飛び出してきて、車を破損した。割れたバンパーを透明テープで固定された私の車の可哀想なこと。可哀想と言いつつ修理もせずに乗り続けたけれども。
鹿との衝突は保険が効かない。たとえ鹿のせいで廃車レベルになっても、ずっと掛けてきた保険が使えないんだとか。
鹿事故は色々な面で恐ろしい。
ぶつかる衝撃は人身事故を想像させるし、車の修理は自腹になる。
目の前に横たわる鹿をどうすればいいのか、途方にくれる。(たまにムクリと起き上がり逃げて行くのもいるらしい)
いつだか、風の噂で鹿に対応した保険ができたと聞いた。でも我が家の保険は従来通りのままだ。夏にはほぼ毎日、家の裏に鹿がやってくるのに。
ここまででお気付きだろうか。
人との接触よりも先に動物が出てくるのが私の、私たちの地域の暮らしだ。(小学生の時はキツネに追いかけられたし、高校生の時にはエゾリスと見つめあったこともある)
周囲に民家はあるし、人はいる。
でも向かいのおばあちゃんに会う確率よりも、裏の畑で鹿と目が合う回数の方がはるかに多い。ちなみに鹿は畑の作物を片っ端から食べていく。バリケードをしようとおかまいなく乗り込んでくる。
テレビで見る奈良の鹿は可愛げがあるが、うちの裏に来る北海道の鹿のオーラといったらそれはもう、もののけ姫に出て来そうな、格上にしか出せないような物々しい何かを纏っている。でもオーラとは裏腹に、狙っているのはカボチャやジャガイモ。庶民的。
こういう生活を10年続けたら、すっかり暮らしが愛おしくなってしまった。職場との行き来がちょっとだけ不便なので、はじめは引っ越すことばかり考えていたんだけど。
隣のご主人は自分で釣ったという魚を捌いて持ってきてくれるし、近所のおばさんは収穫した野菜を玄関に置いてってくれるし、向かいのおばあちゃんは回覧板をうちに持ってくるたび、お菓子やのり巻きをくれる。
してもらってばっかりなので、たまに自分のできることでお返しをするのだけど、昔の人は律儀というのか、さらにお返しされてしまう。
田舎は滅多に人に会わないが、人付き合いは濃い。なかにはそれが嫌で町に引っ越してしまう人もいる。出会った人やタイミングが合わなかったんだろうな、と思う。
そんなときは悲しくなる。でも、合う合わないは仕方がない。
海が好きという人がいれば、山が好きという人もいるのだから。
でも、私は。自分の愛しきこの田舎を移住者にも旅の人にも好きになってもらいたいから、おせっかいを焼いてしまう。
おせっかいはいつしか仲間を増やし、活動主体が立ち上がり、今、さらなるおせっかいを焼いているところ。
田舎暮らし、してみないかい?
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