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「編集者=文章のプロ」って、誰が決めた?

往復書簡シリーズ、とりつかれたかのように毎日書いておるまむしです。なんかよく分からないけど100キロマラソンみたいになってきました。さて、今回もネタをいただいたので、書いてみたいと思います。ぜひ、サライでも歌いながら読んでください。

コンテンツマーケティングにおける、編集者とマーケッターの関係性について考えたことを教えてください。

ありがとうございます。いや、すげえマニアックですね。笑

ただ実際、事業会社でオウンドメディアを運用する編集者にとって、マーケッターとの関係性って非常に難しいところがありますよね。

商材にもよるんだと思うんですが、関係がうまくいっているところと、そうでないところの差が激しいというか。そんなにたくさんの事例を知っているわけではないものの、一般的なメディアから、編集者がオウンドメディアの運用に行くと行き詰るケースってめちゃくちゃ多いように感じています。

「おいどうした、何を言っているかよくわからんぞ」という方もいると思うので、今回は、事業会社のコンテンツマーケティングの実情と、現場の編集者とマーケッターの関わり合いについて、僕自身の体験も元にご紹介したいと思います。事業会社のクライアントから仕事を請け負っているというライターの方も、オウンドメディア系の発注者(編集者)の苦しみを想像いただけると面白いかもしれません。

※ なお本記事はあくまで、僕がコンテンツマーケティングに挑んでいた時の体験談からのみで記載しています。商材の特性や、会社としてのスタンスによって、実情はめちゃめちゃ異なるので、その辺はご理解ください。

そもそもコンテンツマーケティングとは

コンテンツマーケティングという言葉が流行りだしたのは、今から10年くらい前でしょうか。

有料広告のような「プッシュ型」の施策だけではなく、企業自身がメディアを運営し、既存の施策では獲得し得なかった「潜在層」を取り込んでいこうとか、一度取り込んだ顧客をその後も自社のファンにとして定着させていくためにコンテンツが必要だと考え方は、今ではかなり一般的なものになったかもしれません。

それまでの伝統的なメディアは、「このコンテンツを通じて自社のファンになってもらおう」なんてことはそこまで考えず、現場の編集者が「これは広く知ってほしい」「読者が興味を持ってくれそうだ」と考えたアイディアを起点にコンテンツを発信してきたのに対し、コンテンツマーケティングは多かれ少なかれ「いかに読者を自社のファンにしていくか」という視点を軸に企画を練り込んでいきます(その道のプロから言わせると「いや、そうじゃない!」と言われそうですが、比較のため単純化して話します)。

僕自身1社目はネットニュースをやっている会社でしたので、どちらかというとコンテンツマーケティング的な視点は乏しかったのですが、2社目は、「ザ・事業会社」。当時流行っていたこともあって、コンテンツマーケティング的な発想での制作を大いに期待されました。

要するに、最終的に登録者を増やすというところから逆算し、「登録しそうな人はどんなことに興味があるのか」を考えてコンテンツを作っていく。
カスタマージャーニ―をつくり、最終的なゴールから逆算して数字を積み立て、マーケティング的な視点でコンテンツを作っていくという感覚は新鮮で、文字通り「180度の発想転換」が求められた印象を受けたことを覚えています。

その過程では、「これがウケるはず」と思って出した記事が、PVは取れても全くコンバージョン(会員登録など)につながらなかったり、逆に、労力のかからないようなコンテンツが低PVでも高い登録率を叩き出したり。これまでの仕事と、評価軸が全然違うことを、まざまざと見せつけられたものです。

コンテンツマーケティングの現場での、編集者とマーケッター

さて、そんな中で今回のテーマであるマーケッターと編集者の関係性について、です。

僕が在籍していた企業において基本的にマーケターは「オウンドメディア」以外のチャネルも含めた、幅広い広告や自社のマーケティング施策を管理しており、他のプッシュ型広告とオウンドメディア経由での登録数をドライに比較して物を語る人々でした。

結果、「オウンドメディアの短期的な費用対効果の悪さ」を無邪気に指摘しがちで、コンテンツ施策を推進する編集者のやる気を「これでもかこれでもか!!!」とへし折ることが多々(ここの塩梅はめちゃくちゃ企業によると思いますけど)。ほんと、広告の獲得効率に比べたら、メディアを通じて需要を喚起して人を動かすって、めちゃくちゃ難しいんですよね。そもそも潜在層向けの施策だったりもするし。事業貢献への評価が非常に難しくて、精緻に検証するとドツボにはまるんです。

僕が勤めていた会社でも、有料広告を扱うマーケターたちは効率的に会員登録数を伸ばしてハイ達成していくのに、コンテンツマーケティングをしている僕の部門は「のろまな亀」のような状態で、「なんと今月はうん万PVでした!!!(どや)」と報告しても、「で、登録数は?」と聞かれるとぐうの音も出ない毎日。

それでもなんとか、ライフタイムバリューへの貢献を算出してアピールしたり、あの手この手で媒体の価値を実証するも「まあ、数字の上ではそうだけどね…」「まあ、長期的に見たらやった方がいいとは思うんだけどね…」という何か含みのあるフィードバックをされ、業績が厳しくなると真っ先に制作予算が削られるという。人を雇おうにも理解が得づらかったですし、「PVが低くても/登録が取れなくてもメディアとしてやるべき」みたいな企画を理解してもらうのも難しかったし、それに・・・・・・・・あ、すいませんもう愚痴を言い出したら多分このまま腱鞘炎になるくらいひたすら打ち続けられる自信があるのでここで止めます。

本論からちょっと外れましたが、要するに特に短期的な成果をウォッチしているマーケッター(非編集出身)と、編集者って、相容れずにすれ違うことが多いんですよね。

そんなことも感じつつ、ぶーぶー言いながらかれこれ5年くらい、僕も事業会社でコンテンツマーケティングに携わってきました。

当時扱っていた商材の特殊性もありますが、マーケッターからは「コンテンツの魅力で会員数を伸ばすのは、なかなか難しいですね」という言葉を、耳にタコができるくらい…いやもう耳がタコになるくらい浴びせられ続けてきました。「そんなの分かってる。わかってるけど他に何したらいいか分からないんよ…」と。飲み会開けばお互いの愚痴を言い合うみたいな光景も、多少はあったと思います。

編集者が「文章だけのプロ」って、誰が決めた?

お読みいただいて察していただけたかもしれませんが、当時のことを思い返すと、いやーつらい。人生において一番戻りたくない時期は?と聞かれたら当時か、または友達が1人もいなかった暗黒の高校時代を挙げると思います。

ネットニュースで働いていたころは、「この会社の価値の部分を自分が作り出しているんだ」という感覚が多少はあったのですが、成果が出ていないことを指摘され続けるとなんだか、自分がコストばかりを生み出す側に回っているような感覚になって、前向きに仕事ができなくなっていくんですよね。

ただ、そんなある日ふと思ったのです。

「なんで自分はこの会社で、”記事をつくること”にこだわっているんだろう?」、と。

自社のビジネスにおいて重要視されていたのは、究極的に言えばページビューなんかじゃなくて登録数や顧客数や、顧客単価。「自分は編集者だから、メディアを運営するのが仕事」だと思っていたけれど、メディア運営が通用しないなら、他の方法を試せばいいだけなんじゃないか?と気づいた瞬間、何かヒントを得たような気がしました。

それまでコンテンツを制作する過程において、僕たちのチームは日々、顧客インタビューをしたり、最先端の事例をコンテンツにしたりしていたので、市場観にはそれなりの自信がありました。だったらそれを活かして、「記事をつくる」以外の道で、生存することはできないかと思うようになったのです。

そう思うようになってからは、「記事をつくる人」「文章を書く人」としての殻を破り、LP作成にも乗り出したり、顧客の登録後に送られる「ステップメール」の内容を考えたり、営業部門が名刺交換した顧客への定期メルマガの内容や、最適な配信スタイルを企画したり……。「顧客に詳しい人」「表現に詳しい人」としてできそうな仕事を、社内からどんどん巻き取っていくことにしたのです。

そしてその過程で「数字を見るのはマーケッター、内容を企画するのは編集者」という形で連携をとりながら施策を展開したとき、なんだかいいスタイルが見つかったような気がしました。マーケッターよりも編集者の方が顧客に接する時間は長いし、何よりクリエイティブに対する情熱があるので、その辺はうまく強みを補完しあえたんですよね。

それまではある意味、自分たちを「文章の専門家」と位置付けすぎたことによって自分たちの首を絞めていたのかもしれない。そう気づけた瞬間にぱっと視界が開けたような気がしました。

営業工程の随所に編集者が入り込んでいくとやがて「このステップメールから自社メディアに飛ばそう」とか、「このタイミングでこの記事を送ろう」とか、施策の幅も広がり、有機的にコンテンツが使えるようにもなっていきます。ある意味、殻を破ったことでメディア自体もより有意義に活用が進んだ、いい事例だったかもしれないと思っています。

オウンドメディア運用においては、編集側が殻を破ることも必要

さて、今回のテーマに戻ります。

こと事業会社において編集人材が「記事をつくる人」であり続けようとすると、当初の目的に対して「メディア運営」が最適でなかった場合、行き場を失います。社内でも「あの人たち何やってんの?」「霞でも食ってんの?」と孤立し、謎の職人軍団みたいになっちゃうことがままあるのです。

そういう時は「記事や文章の専門家」というアイデンティティはいったんわきにおいて、「顧客のインサイトを深く理解し、それをもとに表現できる人」と、少し抽象化して自分たちを再定義できると、新しい展望が描けたりするのでおすすめ。そのうえでマーケッタ―と役割を整理し、お互いの弱みを補完しあえるような動きをつくっていけると、チームとして大きな価値が作れるんだろうな、と思ったりします。

正直この辺は、扱う商材や、企業としての組織形態、また経営層のコンテンツ施策への理解なども重要なので、会社ごとに大きく異なるとは思うのですが、僕自身の経験から言えるのは、こんな感じです。

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なお、余談ですが最近、昔一緒に働いていたマーケッター(彼も転職済み)から「メディアをつくりたいんだけど、相談に持ってもらえない?」と相談されたことがあり、めちゃくちゃすごく嬉しかったのを覚えています。振り返れば衝突もあったけど、根本のところで認め合えてはいたのかなぁと。編集者もマーケッターも同じプロとして認めあえると、仕事がめちゃくちゃ楽しいし、たとえ離れてもお互いの強みを尊重して助け合えるのは、心強いですね。

事業会社で編集者として奮闘する皆さんに、この場を借りてエールをお送りします。

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