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ここではないどこか。

僕が暮らしているこの街。この風景。当たり前すぎて、電車の窓から見ているような、そんな感覚。

いきなり猫が飛び出してくるとか、突然大雨が降ってくるとか、そんなことがないと何も驚かなくなった。

初めてこの街に来たとき、目に見えるもの全てが新鮮で、夢中であたりを見渡した。

知らない道。知らないお店。知らない匂い。

聞いたこともない地名が書かれている青い標識が、どこか遠くの街へ来たんだということを強く実感させた。

そのときの僕は、ロールプレイングゲームの主人公のようなものだ。知らない街に勝手にやってきて、ぶらぶら歩いて、適当なお店に入って、少しずつ馴染んでいく。

今の僕は、ロールプレイングゲームの村人Aといったところだろうか。そこにいることが当たり前で、やってきた主人公を迎えるのである。もっとも、僕は「伝説の剣」や「秘密の鍵」のありかの情報など持ち合わせていないのだけれども。



知らない街を歩くと、奇妙な感覚を覚える。周りから見ると、僕はただの通行人で、この街の日常の一部分だとしか思われない。
僕だけが、この街の非日常さ、を感じることができるのだ。

夕方、知らない街の電信柱、先端には電灯がついている。電灯は、チカチカと不規則に点滅し、今にも消えそうだ。等間隔で並ぶいくつもの電信柱に、じろりと見られているように感じた。

すっかり日も暮れた。そろそろ帰ろうと、一番近い駅へむかって歩く。かすかに月がでていた。街灯の間隔が広く、暗闇の中、街灯が照らす未来を目指して進んでいく。

ようやく駅に着いた。よっぽど田舎らしい。無人駅だった。客もいない。

野外にむき出しのホーム、屋根はあるがぼんやりと薄暗い。まっさらな線路のすぐ向こうには、草木が繁茂している。やけに低いベンチに座って電車が来るのを待った。

虫の声と、草の揺れる音、僕がいてもいなくても関係ない。きっと明日になっても関係ない。そう思うと、線路の向こう側に飲み込まれてしまいそうになった。

しばらく待っていると、眩しい光が差し込んだ。電車が僕のためだけにドアを開ける。電車に一歩乗り込むと、僕はやっと日常に戻った。

電車に揺られ、車窓から街を眺める。


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