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「バズらない世界」の人と広告。

前週は睡眠時間が必要だと思っていた量より少なかったものの、在宅ワークのせいか良くも悪くも、ようやく疲労感が今訪れたが、ブレーキをかけたくない葛藤にさいなまれている月曜日です。


今日はインターネットの性質を考えながら、リアルとネットの広告の性質の差について考えていました。
それらを考えていると何か凄く人間っぽさを感じたので、「人間と広告」について書きます。

インターネットの性質と人間

インターネットの本場?と言えば、アメリカ西海岸の「シリコンバレー」をイメージすると思います。
以前から、なんでインターネットが栄えているのは国中心であるワシントンとかではなく、真反対の”西海岸”なのかなと思っていました。

そのヒントは前回書いた「ソーシャルメディア進化論」の中に書いてありました。
インターネットが西海岸を中心に広がり始めたのは1960年代。
その時の西海岸では「カウンターカルチャー」が盛んでした。
争いをやめ、愛と平和に生き、自由で平等な世界にしようと、国の方向性と反対する流れがあり、その想いを託されたのがインターネットでした。

そのおかげなのか、インターネットのコミュニケーションスタイルは、
「フラット」「オンリー」「オープン」「ロングターム」であり、これを可能にしているインターネットの本質は「双方向的なコミュニケーション」です。
だからこそインターネットは自立しているのです。誰にも縛られていないのです。

とは言っても今の社会はインターネットを利用する社会だからこそ、インターネットが誰のものでもないという感覚はないかもしれないです。
でもよくよく考えて見ると、ある意味「水」の様に、元を辿れば誰も所有はしておらず、人類はただその恩恵を受けているだけなのです。

自分はこれに凄く人間っぽさを感じるのです。
縛られたくない、支配されたくないという思いがあるからこそ、反乱や革命が起きる。そしてその思いは、現代の心のどこかにも存在している。
だからこそインターネットは、モノでありヒトの様にも感じるのです。

そのおかげもあってスマホの登場から、ますます人々の能力や影響力が強まり、人間の拡張が起き、個人と企業や組織が対等になり始めています。
(人間がより人間っぽくなっている?!)

大衆向け広告の性質

昭和から平成にかけてテレビを中心とするメディアの強い影響力によって、自分たちの消費活動が影響されてきました。
物が無かった時代、ひとたびテレビでCMを流せば物が売れ、テレビは国民の消費喚起装置となりました。
完全に企業側が優位に立ち、モノを売り続けられる時代があったそうです。

ですが国民の生活水準が上がり、物が満たされていくと、CMなど今までマスに対するマーケティングが効かなくなりました。
そんな、”これが欲しい!”っていう欲求がなくなった中で見る、広告や、特にテレビCMなどは凄く圧が強いというか、好意的な存在ではなくなっています。

みんなが求めている時には非常に効果的なのですが、必要としていない時には引いてしまう存在になってしまっています。
もう平均的な「みんなのいい」はつまらない物になったのです。

これはテレビだけではなく、YouTubeなどの広告もそうです。
ネットでやっているからといって、本質はテレビのマス広告と何も変わりません。

感じる圧迫感の理由

でもテレビCMとか広告って色々と大人が本気で作っていて、お金も相当かかっているのにも関わらず良い方向に働いてないのでしょうか。

これは人のコミュニケーションと同じだと思います。
自分が思うのは「引いてしまうから」です。

会話も何もない中で、
いきなり「買って!!」」って言われたら、”うわっ”ってなります。
CMなので相手が目の前にいるわけではないので、ここまではなりませんが、少なくとも興味を持つとはなりません。

とりあえず需要がありそうな人に流しているかもしれませんが、
しつこいとネガティブなイメージも持たれてしまう可能性があります。

少なくとも相手の準備(需要/ニーズ/ウォンツ)が何も出来ていない状態で、強いメッセージをしてはいけないです。

人が大事にしている事

多分、このメッセージが強くなってしまう原因は、相手と関係性の構築が出来ていないからです。
言い換えるなら、関係が短期的なので思いも愛着も何もないからです。
最近CMとかでも「物語」調のものをよく見かけるなと思うのですが、
性能など役に立つ事よりも、作られている背景の方が重要になっています。

これからの広告も人間関係も、上からではなく、
「フラット」「オンリー」「オープン」「ロングターム」である必要があります。
つまり大衆の中の一人ではなく「あなた」にという存在に、長い時間かけて想いを届ける必要があると思います。

だからこそ、バズらせない。人を数字だけで見ない。
バズらなくても届く、好かれる様なものである必要があると思います。

経済合理な関係性や、ルールやシステムによる繋がりではなく、もっと心温まる世界になる様に。
これからは広告のあり方も変わる、そんな事を思った昨日でした。

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