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誰かと内容を語り合いたいと本気で思った本、エレナ・フェッランテ『逃げる者と留まる者』レビュー

★トップの写真はサンテルマ城から見下ろしたナポリの街並み。ちょうど去年の今頃はナポリを含む南イタリアを旅行中だった。ナポリはまた絶対に訪れたい街。


※最後の方にネタバレ含みます。


エレナ・フェッランテ『逃げる者と留まる者』(訳:飯田亮介)を読了した。ずいぶん時間がかかったが、言い訳をすると、物語に夢中になっている反面、終わらせたくない、という矛盾した感情が終盤にもつれ込んできたからだ。

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『ナポリの物語』四部作のこの第3巻は、第1巻『リラとわたし』、第2巻『新しい名前』の続編で、長年の友人リラとエレナの荒れ狂う運命の記録の物語だ。

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ヴェスヴィオ火山の迫りくる恐ろしさを隠喩にもちいたナポリという混沌とした都市を背景におきながら物語はすすむ。


語り手であるエレナはピサの大学に進学し、学生時代に会った、ミラノの有名かつ知的活動に多大な影響を及ぼす家族の息子と結婚する。
一方リラは地元ナポリで幼馴染のニーノとの関係を続けるため婚家を出るが、ニーノにも捨てられ、ソーセージ工場で不遇の扱いを受けながら働く(ブルーノの家系が経営する工場なのだが、父の後を継いで社長になったブルーノがものすごく嫌な奴になっていたところに違和感があった。イスキアで夏を過ごした際にはアイスクリームを買ってくれたり、いいとこのお坊ちゃんという感じだったのに)。

彼女らが直面するのは1960年代後半~1970年代初期にイタリア(そして世界中)の全域で起こった社会的・政治的大変動。労働争議が起こり、左翼は抑圧され、暴動は日常茶飯事。女性の権利に関する運動も盛んになって来る頃だった。

そんな中、リラもエレナも別々の場所にいながらも、女性の欲求がほとんどけれ入れられていない文化そして、激動する状況と急速に腐敗の一途をたどるナポリにおいて、それぞれに自らの存在意義を主張できないでいた。

ここで明らかにされていることは、立場の全く違う二人の女性達ーー裕福な生活を送っているエレナ、貧困による負担により限られた選択肢しか与えられない生活をおくるリラーーを通して、女性が自分で決断するということにより、彼女たちがどれだけ、個人的そして政治的代償を払わなくてはならないか、ということだ。

語り手はつねにエレナなのだが、彼女の周りで起こったこと(外部イベント)と彼女自身の思考(内部の対話)を明晰に記す(もう一人の主人公、リラの思案プロセスに関しては、読者自身が想像するしかないのだけれど)。

この物語のミステリアスな作者エレナ・フェッランテ(これはペンネームで、インタビューには一切答えない、顔写真もなしとのこと)は、登場人物たちを客観性をもって描写することにより、このストーリーがただのメロドラマならないようにしている、と言える。

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ここから先は、ネタばれ&感想になります。あくまでも個人の感想です。

私は、というと、第2巻の感想をインスタグラムにも書いたのだが、自分はエレナに近いと思いながらも、やはり同意できないのは、リラへの執着である。リラが驚くほど頭が切れて、飲み込みが早く、怖いもの知らず、そして初めて会う人もすぐに惹きつけられてしまうのはわかった。小卒でありながら、計算機のプログラミングを独学で学び取ってしまうところなどは、もう天童の域に入っているかもしれない。ただ、私としては、それは、それ、という感じで、エレナは自分のできることから始めればいい。どうしてこうも、リラの声(意見)を聞きたがるのだろうか。そして、考えを共有しようと思うのか?


それともう一つ、最後に非常に残念な........ああ、そうか、やっぱりニーノか、ということ。小学校の頃から好きだったんだよな。でもなあ、父親に似て、ここでは一番最悪な男だぞ......。「ニーノのために何もかも投げ出すつもり?見損なったよ、レヌーの馬鹿」。これに尽きる....。

早速第4巻、最終章の『失われた女の子』を読み始めたが、これが最後となるのは辛いな。第1巻の冒頭は、もう60代になった2人が、エレナがリラが失踪したという電話を受け取るところから始まり、2人はもう60代になっているし、第3巻は、リラと最後に会ったのは2005年だった、という回想から始まる(この時、幼馴染のジリオーラの死に出くわす)ので、なんとなくこの辺の記述がこの先行きつくところなんだろうな、という予想がつく。

エレナとリラの関係が、私が想像もつかなかったような繋がりだったらいいな、と思う。私自身、こんなに誰かと語り合いたいと思う程、どっぷり浸かってしまった物語に出会うのは久しぶりかもしれない。


追記1:原作のストーリー性もさることながら、飯田亮介さんの訳が本当に素晴らしい。歯切れがよいので、女の子二人の物語なのに、もたもたしない。文章のリズムに一貫性があるので、このような長編でも調子が狂うことなく、きっちりと訳されている。
最初、似たような名前が多く(ニーノ、リーノ、リラ、リナ、エレナ)、あだ名も時々登場するので(ピヌッチャ、レヌッチャ、等々)覚えるのが大変だったが、分かりやすくまとめてあり、すぐに慣れた。

追記2:私は登場人物のなかでも、エンツォが一番好き。彼には絶対幸せになってほしいんだけど、それを願いながら第4巻(最終章)を読みはじめた。

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内容とは全く関係ないのだが、ナポリの土産屋街でみつけた人形。新郎はギリギリだが、新婦は誰!?

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