【なつぞら】なつの出産は先輩母たちの踏み絵である
朝ドラが、やや珍しい展開を迎えている。
朝ドラヒロインといえば、子どもを産んだら自営業(そして足元に赤ちゃんが)……というパターンを思い浮かべるが、『なつぞら』のヒロインのなつは、今日、生後6週間の娘を置いて出社する朝を迎えていた。
契約社員になれ、という会社の圧を皆の協力ではねのけて、正社員として仕事復帰をするなつ。
かわいい子と大好きな仕事。とても幸せな気持ちのはずなのに、「1歳の子を置いていくの?」とか「保育園は仕事をしないと生活できない人のための施設ですよ」とか「あなた母親でしょう?」とか他人に言われたせいで、「ごめんね」と謝りながら仕事に行く羽目になる。
家には父親であるイッキュウさんがちゃんといる。
謝る必要はないのである。
げに恐ろしきは、この昭和の出来事に共感できてしまう令和の私たち、というところだろうか。
* * *
賛否両論だろうな、と思っていたら、やっぱりそうだった。
「都合が良い」
「会社が甘すぎる」
「生後1ヶ月なんて地獄のはず」
「あんな理解のある旦那はいない」
「先にやめさせられた茜ちゃん(まゆゆ)が可哀想」
そんな声がそこかしこに飛んでいた。
確かに、出産育児に関して、なつはとってもラッキーだった。
切迫流産や妊娠うつなど、妊娠中にさまざまなトラブルに見舞われた身からすると、妊娠中に責任ある立場を任されて夜遅くまで働けるなんて奇跡のように感じるし、彼女が会社復帰を決めた生後6週間なんて、「とっても順調に回復してますね!」と医者に太鼓判を押されたにも関わらず、体が激ツラだった。
会社に正社員として復帰する権利を勝ち取ったのも、なつの前に出産した茜ちゃんの処遇に対する皆の怒りが噴出したこと、夫がたまたま自宅で仕事をしており、ものすごく柔軟な価値観を持ち合わせていたこと、そしてメタ的に言えば脚本演出上、このエピソードにかけられる時間が限られていたことなど、ヒロインにありがちな幸運が数多く積み重なったからである。
たしかに都合はいいのだ。
だって、物語なのだから。
一応、モデルが存在しているとはいえ、テレビで放送しているドラマなのだから。
ただ、その都合がいい物語に対して
『出産・育児を甘く見すぎている!』
そんな風に言ってしまうとき。
果たしてそれは、脚本に対する意見なのだろうか。
私たちの心の中をよくよくじっくりと眺めてみたら、ほんの少しでも、こんな気持ちは出てこないだろうか。
『私たちが大変な試練乗り越えたのだから、なつにだって、同じような試練を乗り越えさせるべきだ!』
私はつわりであんなにつらい思いをしたのに、なつは軽々と最終日まで仕事をこなしている。うらやましい。ずるい。
心の中にそんな気持ちを見つけて、はっとした。
自分がしたつらい思いを、誰かにもさせたい。
そんな気持ちは、誰の幸せも生まない。
***
たとえば自分より後に妊娠した同僚が、自分よりも長く育休を取っていたら。
自分がつわりで苦しかった時期に、軽々と仕事をしていたら。
自分は何も言われなかったのに、その子だけみんなに「大丈夫?」「無理しないでね」と声をかけられていたら。
生んだ後は、優しい旦那さんと協力して子育てをしていたら。
「ずるい」
「みんなこの子には甘い」
「ワンオペで育てている私の方がつらいのに」
そんな気持ちが湧いて出て、この子が私と同じ大きな壁にぶつかってくれますようにと、意地悪なことを願ってしまわないだろうか。
***
ドラマを見て、
「よかったね!」
「ラッキーだったね!」
そんな風に思えないときは、きっと、身近な人にも優しい言葉をかけられない。
「なつのお産が軽そうで良かった」
「イッキュウさんが育児に積極的で良かった」
「会社が正社員でいさせてくれて良かった」
「都合がいいくらいで良かった」
そんな風に、軽い、軽~い気持ちで「良かったね」と声をかけてあげることができたなら。
せめて、批判の言葉を胸にとどめておくことができたなら。
私たちはもっと、将来のママたちに、優しいママでいられる。