自分を捧げない

わたしの母は病んだ女だ。母は、1日2回、成人済の妹に、きょうは何を食べたいかを伺い、女中のようにお盆に載せて部屋まで持っていく。妹はどんどんわがままになる。
「いや、今日はあんまりカレーって気分じゃないんだよね…蕎麦っていうか…いや…ラーメンのほうがいいかな……正直、何食べたいのか分からない…」とか、ある時は「ポテトサラダが食べたい」というので母が張り切ってお皿いっぱいにサラダを盛ったら半分以上残したりしていた。二人の間では、完全な主従関係出来上がっていた。
しかし妹にしてみれば、自分の体の感覚がわからないのだ。自分は今おなかが空いているのかどうか。いま、何を食べたいのか。体の感覚や、いま食べたいものを自分で作ること、日々自分の体のお世話をすること、人間として当たり前の、自立するという感覚を、すべて奪われてしまっている。

母は、人と(子供と)主従関係でしかつながることができず、文字通り妹の手足となり働き、全身全霊で彼女に尽くすことを愛だと思ってしまっている。ただ、子供を使って、自分の満たされない空洞を埋めようとしているだけなのに。
かつてはわたしもそうで、母に依存し、自分では何一つ判断することができず、すべての決定権を母に委ね、自身を大切にすることよりも、ひたすら母に尽くし、自分を犠牲にしながら生きてきた。
学校や社会では、わたしはいつも人に軽んじられ、下に見られ馬鹿にされ、しかし自分のために怒ることができず、それどころか自分を馬鹿にしてくる人間の前で、ヘラヘラと媚びた笑いを顔に貼り付けていた。わたしは、わたしを馬鹿にする人間よりも、そんなやつに媚びている自分のことが世界で一番許せず、絶えず自分への憎しみと怒りでどうにかなりそうだった。

ここ一週間ほど、わたしはキレていた。
それは、最初はちょっともやっとした違和感だったのだけれど、無視しているうちどんどん大きくなった。そしてしまいには怒りで夜眠れないレベルになった。大きくなっていくというより、以前から押さえ込んできたものがドバっとでてきたという感じだった。
わたしは1年と10ヶ月引きこもりニートだった。これまでの人生を振り返り、家族が全員病んでるということに改めて気づき、現在も土台からやり直しているところ。
1年と10ヶ月すぎたころ、もともと人格障害だった同居している祖母の暴言に耐えられなくなり、福祉センターに相談に行ったら、なぜか「おばあさんにもヘルパーつけるけど、あなたも自立支援センターに行ったほうがいい」と言われ、なぜかその支援団体のやってるおしゃれなカフェを手伝うことになった。

ここまではよかった。
でも、お手伝いという名目で、報酬は小学生のお小遣い程度/月。加えて、わたしが“お手伝い”し始めたころ、それまで働いていたカフェのスタッフが数人辞め、店が激務。わたしは過去にカフェ店員をやっていたこともあって、最初はお皿洗いと、提供を手伝うレベルだったのに、いつの間には即戦力だとか言われて、小遣い程度の賃金で、スタッフ並の仕事をやっていた。
わたしには自信がなかった。わたしの体は、ゆっくり、でも確実に仕事を覚えていっていたのに、わたしはびくびくと怯えた態度で、頭で、「わたしには何もできない」と思い込んでいた。自分の能力を低く見積もり、どこまでも自分を安売りしていた。そんなところに、一緒に働いている、いつもわたしをフォローしてくれる女性に、「誰もいなくて困っている、もし可能ならこの日出てほしい」「この日は時間を延長できない?」などと“あなたしかいない感”で承認欲求をくすぐられると、「大丈夫です、いけます」とわたしは自分を犠牲にし、いい子の仮面をつけて、この女性に従った。
自信は人から与えてもらえると思っていた。だから、自分を捧げていれば、この女性はいつも、絶えず、わたしのことを絶賛し、褒めそやし、肯定してくれるんじゃないかと思っていた。でも、そんなことはなかった。「出れます」といったあとは感謝されるけれど、そのあとは、特にフツーだった。期待していた。わたしは母と同じ生き方をしている。自分を捧げ、明け渡し、その見返りに、存在の全肯定を求めている。でも、この女性は母ちゃんじゃねーんだよ。

仕事とか、ほんとうはどうでもいい。あった方が生活に張り合いがでるし、リズムを作れるけど。わたしは、自分自身をぜんぶ捧げ尽くし奉仕することで、存在を喜ばれて、報われたいのだ。「あなたがいてくれてよかった」そう言われたいのだ。でも、わたしが全身全霊を捧げたら喜んでくれる人なんて、悪徳な宗教家(搾取する側の人)とかしかいねーじゃん。
機能不全家庭の子供って、つくづく、泣けてくるのは、その人生でどうしても搾取される素養を背負わされること。子供はみんな、全身全霊で親を愛そうとする。どんなクズでも。そんな子供の、捨て身の愛を受け止めてくれる環境や親なら、存在が報われるけど、そうじゃなかったら、永遠に存在が報われないまま、主人を待つ奴隷になってしまう。

わたしはちゃんと働けてるし、働きたい。でも、この女性のためじゃない。もう、自分を明け渡したくない。つーかマジで、どれだけ自分を下において、馬鹿にしてるの? テメーほんとマジでいい加減にしろよ。ちゃんと給料もらえるレベルで働いてんだから、報酬もらえよ。そりゃ搾取されるわ。なんなんマジで。
わたしは、自らを犠牲にして、周りにヘコヘコしている自分のことが心底嫌になった。環境にキレるよりももっと、自分にキレていた。

「今すぐわたしをスタッフにしろッッ!!!!それか、賃金を上げろッッ!!!じゃないと許さねえからな!!!(意訳)」
わたしは、怒りをぶつけるんじゃなくて、(ちょっと出てしまったけど)ちゃんと上の人に訴えた。初めてわたしは、自分の存在の価値を守った。自己主張した。これ以上、自分を捧げられない。大人だから、人に認めてもらうために仕事するんじゃなく、きちんと、目に見える形で報酬をもらわないとおかしいもの。これからどうなるか分からないけど、まあどう転んでもお金は入ってくると思う。ちゃんと自分の能力を発揮して仕事をするし。
この経験のあと、わたしは、ドラクエの、敵を倒したらもらえる経験値みたいに、声量+12、自信+30、自分への信頼+50、態度も堂々としたし、レジで、「あっスプーンください」って言えるようになった。おわり。

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