12月23日 最初にして最後の者。池田晶子さんと”魂を考える”。
私はアルファにしてオメガ、始まりにして終わり、最初にして最後の者である。
黙示録 22:13
さて、事前情報なく見だしたアマゾン・プライムの”ブロードチャーチ”であったが、今日いろいろ調べてみるとやはり英国のTVドラマということで、シーズン1は英国で30%以上の視聴率をたたき出した作品だ、ということがわかった。
はじめはWOWWOWで視聴できたようだが、制作開始より10年経過して、こうしてアマプラで見ることができたわけである。
2017年にシーズン3が放映されたようだが、現状ではアマプラでは視聴できない(無料では)ようである。主人公と助演の女優・俳優はアカデミー賞受賞者で英国では著名であるようだ。私は特にTVドラマには疎いので、まったく初めてみる人たちだったが、納得の演技力だった、と言えるだろう。
見始めて一気にシーズン2まで見てしまい、これはなかなか面白いなと思っていたが、やはり相当評判となった作品だったのだ。
冒頭の語、黙示録で有名な言葉だと思う。アルファがはじめでオメガが最後。アルファ雄(ボス猿?)という言葉も思い出すし、例えば時計のオメガはやはり時計として最も優れている、という意気を表現するものなのだろう。
池田晶子さんのアンソロジーで、”魂を考える”という本がある。魂、という語は扱いが難しいとおっしゃりつつ様々な媒体で書いてこられた”魂関連”の珠玉の文書が収められている。
龍樹を卒論テーマに選ばれ、早すぎる晩年には禅仏教からもアプローチを受けられた池田さんだが、たぶん”魂”の語が難しいとおっしゃるのは、この言葉がこの日本ではこの言葉をつぶやいた途端、端的に”宗教”とみなされてしまうという状況のことをあるいはおっしゃった部分もあるようにも思う。
もちろん誰になにを言われても、真実は真実であるだけだ、という姿勢を貫かれたのが、池田さんのすばらしさであるが、その著書が場合によっては書店で”新宗教”系の棚に入れられていたときには、つい哲学コーナに移動させたくなった(しませんでしたが)のは、私の中でもいわゆる”宗教”へのアレルギーがあるのかもれない。
だが、物事には何らかのはじめがあり、終わりもありうる、というのが、私の、そしてあるいは私たちの直観である。それがどのようなものかは”人智に及ばぬ”ことである感触もある。
その”多分今生ではわからないだろう”という感覚ことが、神、という概念につながっている感じがする。要は、”自分ではわからないものを仮に”神”と言おう”ということになるだろうか。
今生、などとつい書いたが、輪廻転生という思想についても難しい。これは”魂”ということばとある意味セットのようなものだ。なんとなく肉体と精神が別のものだという感じを個人的にはもっているので、そんな言葉も使ってしまうが、こう書くのもある意味難しいことであるだろう。
まあ、そんなこんなはただ単に”考える趣味”といっていいだろうとも思っている。
(うろうろぼんやり、下手な考え的に考えるだけですが。。。ただプラトンは新プラトン主義への発展含め、輪廻や魂、という概念を含んでいるので、ある意味池田さんが魂のことをおっしゃるのは当然だとも思っています)
お志本当に嬉しく思います。インプットに努めよきアウトプットが出来るように努力致します。