見出し画像

文字書きという病について。

 病名:文字書き
 症状:意思疎通は文字がデフォルト、話すかわりに文字を書く

 幼い頃から文章を書くことが得意でした。
 文章の中でも小説を追及した経緯は別の記事で語ってしまったので割愛しますが、十代から三十代にかけての私は、とにかく小説を書くことだけが自分の価値だと思い込んでいました。
 文字のつなぎ方、キャラクターの作り方、ストーリー構成、全部独学だったので間違った方向で覚えたものも多いでしょうが、けっこうな努力家であったと思います。おかげで文章を書こうと思って今困ることはほとんどありません。ビジネス文書やメール、手紙など、小説と離れたところでもそうです。困らない。
 年月をかけて書き方を学んだというよりは、文字のルールを理解したのだと思います。
 私は文字をパズルだと思っています。文字の連なりが言葉であり、言葉の連なりが文章であり、文章の連なりが物語。人に滞りなく伝わるためにはルールがある。伝えることを第一目的にしなければ、様々なリズムも生まれやすいです。文章のクセはリズムに当たる。

 私の文字書きの病はいかにして進行したのか。
 世の文字書きの皆様は、なぜ文字を自己表現に選んだのでしょう?
 学校で、文章を書くには読む力が必要だと教わった人は多いはずです。でも読むためには、まず文字に集中できないと難しい。
 文字って見ていて楽しい形ですか。私はあまり楽しいとは思いませんが、綺麗な形もあると知る機会には恵まれました。私の亡くなった母は書道教室を開いていたんです。もちろん私も強制的に小さな頃から筆を持たされ、たくさんの文字を書かされました。今思うと、私が文字を長時間見ることに慣れやすかったのは、書道のせいかもしれません。
 文字を自己表現に選んだ人は、おそらく形状としての「文字」に抵抗の少ない人なのだろうと思います。カラフルでも何でもない線の集合体に色を感じ取る人。青という文字を見て、すなおに青を想像する人です。

 文字で想像できれば、文章で書かれた物語を読むことは苦痛ではなくなります。
 とはいえ、私に物語の楽しさを教えたのは、小説よりも漫画やゲームが先でした。
 テレビは子供の頃からあんまり得意じゃなかったかもしれません。私は結末をすぐに知りたい性質で、話をもったいつける演出だとわくわくするよりがっかりしちゃうんですね。
 その点、漫画やゲームは自分の努力次第で先を知ることができました。漫画とか私めちゃくちゃ読むの早かったですよ。単行本一冊読むのに10分かけなかったもん。
 物語に慣れた私は、小学生高学年くらいに文章を書く下地ができたみたいです。その頃から詩をノートに書きためてます。今読むと笑っちゃうようなものばかり。どっかで聞いた欠片をつなぎ合わせただけの、ペラッペラな言葉です、一言だって自分の底から出ていない。かわいらしいものです。

 その頃、私はようやくライトノベルを読み始め……このあたりから病が進行していきます。今から35、6年前、私が小学生高学年から中学生だった頃、出版業界でライトノベルの勢いが増した時期がありました。
 それまでコバルト文庫とスニーカー文庫くらいだったのが、ティーンズハート文庫、ホワイトハート文庫、パレット文庫、電撃文庫など、漫画的イラスト表紙の本が、本屋さんの棚の一部を占領するようになったのを覚えています。
 特にアニメの同人誌アンソロジーが世に出るようになると、そこからどんどん素人作家さんが出てきてました。決して上手くはないけど刹那的な世界観を持った物語は、単純に新鮮でした。私自身、同人誌作家さんにあこがれを持った時期もありました。

 十代の私にとって、文章で綴られる物語は完全に現実と分離していました。どちらかと言うと漫画の延長です。高校生になって文芸部に所属し、初めて第三者に自作の物語を読ませるという経験をしましたが、顧問の先生の耳に痛い指摘は今でも覚えています。
 自分で書いたものを一番理解しているのは自分で、それ以外の相手には多く伝わって七割程度、普通の人には三割しか伝わらない。
 衝撃的でしたよ。伝わらないんですって普通は。
 文字って半分は読む人の想像力に頼る世界です。自分と同じ経験をした人になら十割伝わるかもしれませんが、そうじゃないなら想像が難しい。若い私に多勢の共感を呼ぶ経験の下地はなく、武器にできるのは漫画で得た、ふわふわとした現実感と広い空想空間だけ。

 不思議なものですが、文章を書く時に、一番表現に困るのは絵で説明がつく部分です。色、大きさ、精巧さ、そういう視覚的な部分。
 どちらかと言うと感情はもっとも伝わりやすい部分です。感情に語彙はいらない。悲しいでもかなしいでも哀しいでもカナシイでも。文字の形でだって雰囲気を変えられる。

 私はふわふわしたまま文章を書き続けました。
 都合の良いことに、大学生になると二次創作の同人誌を作るようになったのですね。現実感はいりません。その頃は、漫画やアニメが大きなブームを呼んでいて、雑誌に出てくる作家さんの多くが同人誌で活動している素人作家さんでした。
 しかし就職を挟むと、否応なしに現実感を伴った生活が始まりました。
 私、就職先の上司だった相手と、出会って三ヶ月で結婚という馬鹿をやりました。専業主婦になった私は、再び同人誌の制作活動を始めます。日常の泥臭さに反発するかのように、空想世界の執筆に拍車がかかりました。
 それから更に数年、50作品くらいは確実に本にしました。
 書いたすべての話が完結しているというのは自慢しても良さそうです。そこそこの文章量はあるので、書く練習も充分だったと思います。自分に向いた作業時間帯や、推敲の方法、調子が出ない時のための条件作りも、今はそれなりに決まっています。

  年齢が上がるにつれ、軸足はふわふわしたものより安定した土台を求めます。文字書きの病も様相を変え、いつの間にか現実感がないことの方をつらく感じ始めていました。
 読書の好みも変わります。20代後半からの私の主食は推理小説でした。
 30代半ば、私はゼロから生み出す小説と格闘していました。
 それまでもまったく書かなかったわけではなく、新人賞などに応募もしていたのですが、たまにささやかな賞をもらっても食べていけるわけではありません。短編小説の依頼があったり、ゲームシナリオに携わらせてもらったりと、少しだけ特別な経験はさせていただきましたが、確実なものを手に入れることは叶いませんでした。

 私は一旦そこで書くのをやめました。
 実生活の方で結婚生活の限界が見えてきて ── その話は別に書いた方がおもしろいので今は最小限にしますが、文章に費やして良い時間がなくなりました。生きるためにお金を稼ぐ必要が出てきたわけです。
 書くにしても苦しさが先行した時期だったこともあり、忙しさを理由に執筆から目を逸らしたのですね。
 予想外だったのは、生活のための仕事がうっかり楽しくなったこと。
 私、小説しか書けないと思ってたけど、普通に社会にある仕事でやり甲斐を感じることができる人間だったみたいです。自分がそうなるなんて全然信じられなかったから、ここ数年は驚きの連続でした。
 実際、今年の初めまで小説を書くことから逃げていたし、書かなくても生きていけた(書かなきゃ息できない時期もあったのに!)。
 アルバイトで一年。転職して正社員4年、その後もう一度転職して今また正社員で丸四年、この先も勤務継続予定。
 正味8年、文字書きの病はなかったことになっていました。
 心のどこかでは、私はもう書かない人間になったんじゃないかと思ってた。仕事は楽しくて、文字を介さず普通に会話でつながる人付き合いも悪くなかった。
 けど ──
 
 昨年末、職場で繁忙期が落ち着いた時にふと気づいたんです。
 今なら書いても大丈夫なんじゃないか、と。だって仕事は安定した。多分もう私、仕事で失敗したって家まで落ち込み持って帰らないで済むくらいにはなった。定期的な収入も確立した。離婚して一人になった時に必要だった生活の土台は、もう全部手に入れた。
 まだ書かないの?
 書いてもいいのに書かないの?

 書くことにしました。
 狂おしいような熱病はどこかに消えてしまったけれど。昔それがすべてだと勘違いした自分のためにも書いたらいいと思いました。名残のようになってもまだ心のどこかに「ある」のはわかっていたんです。
 最初は自分のことから書き始めました。
 書いてみたらやっぱり何かが息を始めた。note記事で掌編小説を書きました。名前つけずに済むから一人称で、しかも十代じゃない自分に近い主人公。今まで書いてきたものと違うけど、自然にハッピーエンドが書けちゃったからまぁいいやって。
 おかしいんです、オリジナル小説ですっきりハッピーエンドが書けない人だったんですよ私。苦しい話ばかり書いてた。当時の自分が苦しかったから、書くものに私が滲んだのかもしれません。
 今の私は、自分がどういう状態にあるのか手探りしています。
 文字書きの病は進行しているんでしょうか。治っていなかったことが嬉しいと告白してしまってもいいでしょうか。
 私にとっては愛しい病です。
 世の文字書きの皆様はいかがでしょうか。
 文字は呼吸していますか。苦しくないですか。楽しいですか。

画像1

その礎はまだ生きていた

この記事が参加している募集

自己紹介

よろしければサポートお願いします。いただいたサポートはすべて私への愛に変換されます。ありがとうございます、私も愛してます!