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たばこ (1)

曲からイメージした短編を、これからいくつか書いていこうと考えています!

まずはその1作目。
今回のテーマは、コレサワさんの「たばこ」です。
長くなりすぎたので、いくつかに分割して投稿していきます。
(たぶん、おそらく全文で3,4万文字くらいです)

コレサワさんのオフィシャルMVとはまた解釈違うと思いますが、曲の一人称が「僕」なので、あえて男性目線のお話にしました。
同性愛・あるいはBL描写ありますので、そちらだけお含みおきください。

男声のカバー曲を添付しましたので、どんなイメージの曲かよかったらきいてみてください♪


 たばこの匂いがこもっている。僕の嫌いな匂いだ。
 カラオケの個室の隅で、ちびちびとチューハイを口にする。
 テーブルの上の灰皿には、白い部分が短くなった茶色いタバコの吸い殻が、あふれんばかりに詰まっている。口の空いた缶チューハイがいくつも置かれ、足元にはウィスキーの瓶が転がっている。
 ロックミュージックのイントロが鳴って、モニターに激しく楽器をかき鳴らすバンドメンバーが映しだされた。
 マイクを持ったやつらが揃って飛び跳ねるから、ソファが揺れる。
 歌ってるやつらが3人、上着を被って眠っているやつらが2人、向かい合ってキスでもしそうな距離で顔を触り合ってる男女がひと組。
 サークルの飲み会は初めてだったが、酒がそこまで飲めないうえ、空気に酔えない人間にとっては地獄の空間なのだと思い知った。なんで僕は、こんな場違いなところにいるんだろう。
 最後の一滴を飲み干して空き缶をテーブルの端に置くと、そっと廊下に出た。
 隣の部屋からは、弾けるような笑い声と、アップテンポなサウンドが漏れ聞こえる。扉のすりガラス越しに、人が飛び跳ねているのが見える。
 二次会メンバーが大人数になりすぎたせいで、部屋を二つに分けていた。静かなら隣に避難しようかと思っていたが、どうやら同じようなものらしい。

 エレベーターで階下におりる。何か告げて外に出るべきかと思ったが、一階のカウンターはすでに無人だった。卓上ベルが置かれているが、さすがに人を呼び出すまでもないだろう。
 自動ドアを抜けると、店前の歩道の脇にしゃがみ込んだ。路面が濡れている。密室の騒音にのまれている間に、外は雨が降っていたらしい。
 スマホの画面を光らせ、時間を確認する。0時20分。中のメンバーは、フリータイムで閉店の朝5時までオールするようだったが、僕はそれまで耐えられそうにない。
 なんて言って抜けようか。お金はどうしたらいいだろう。そもそも僕なんていてもいなくても一緒だろうし、このまま抜け出しても気づかれないんじゃないだろうか。
 車の走行音を意識の奥で聴きながら、夜風にあたって酔いをさます。体の周りにいつもよりぬるい空気がまとわりついている気がする。


 僕が所属するのは、テニスサークルだ。
 中学高校と軟式テニスをやってきて、大学に硬式テニスができるサークルがあると聞いて、参加した。しかし蓋を開ければ、ただの飲みサーだった。
 交流目的の学生のなかでは有名なサークルらしく、半分以上のメンバーは、テニスコートにすら足を運ばないイベント要員だった。
 火曜と木曜の16時から20時がサークルの所定時間で、その後に毎回飲み会が開催される。月一でバーベキューやお泊まり会などのイベントもあるらしい。参加は任意なので、これまでそういったイベントに参加してこなかったが、先輩に無理やり飲まされて病院送りになる1年が、毎年2、3人はいるらしいと噂に聞いた。
 サークルの所定時間にコートに行っても、のらりくらりと男女でお遊びテニスをするやつらばかりで、本気でテニスに打ち込むメンバーはほとんどいない。いたとしても、そういう人たちは、ちゃんと決まった相手と連れ立ってコートにやってくる。
 大学1年目で親しい友人のいない僕は、コートに1人でやってきては、壁打ちをするばかりだった。とはいえ、サークルの入会費は払ってしまったし、とりあえず1ヶ月続けて、5月中にはすっといなくなろうと決め込んでいた。
 5月半ば、そろそろテニスコートに足を運ぶのもやめようかと考えていた頃、1年だけで飲み会をやろうという企画が持ち上がった。1年のLINEグループ内で話はトントン拍子に決まっていき、なりゆきで5月生まれの誕生日会もまとめてやろうという話になった。

〈5月生まれの人、強制参加ね!笑〉
〈私、5月だよー〉
〈俺もー!なんか祝ってくれんの?〉

 僕はそのトークには参加せず、ただ眺めていた。飲み会には行く気はさらさらなかった。傍観者のサークルメンバーは僕以外にもいっぱいいたし、火の粉が降りかかることはないだろうと思っていた。しかし、余計なことを言うやつがいた。

〈たしか、尚も5月生まれだったよな?〉

 尚は、僕の下の名前だ。確かに5月生まれなのは事実だが、サークル内に、僕を下の名前で呼ぶような親しい間柄の人はいない。
 もしかしたら別人のことかもしれないと思い、初回の顔合わせの時にもらった、サークルメンバーの名前が載った冊子を確かめる。だが、尚という名前の人間は、やはり僕しかいない。
 僕を名指ししたそいつのラインの表示名は〈樹〉だった。メンバーの名簿のなかに、該当しそうな名前のやつが1人いた。
 〈佐原 樹(さはら いつき)〉
 同じ学科の所属らしいが、やはり知らない。なんで、僕の誕生月なんて知ってるんだ。そう思っていると、ロック画面にLINEのやり取りが流れてくる。

〈なんでいつき知ってんの? 志水くんと仲良いん?〉
〈はじめの自己紹介んとき言ってたじゃん〉
〈こわっ、そんなん覚えてないよ、フツー〉

 サークルの初顔合わせの際、ひとりひとり自己紹介するイベントがあった。確かにそのとき、「5月生まれです」と言った気がする。けど、みんなめいめいに友達と話していて、僕の自己紹介なんて、まともに聞いているやつなんていないと思っていた。

 緊張しながら、初めてサークルのグループLINEに文字を打った。
〈うん、5月生まれだよ〉
〈じゃ、志水くんも参加ね!!〉

 よく知らないやつの妙な記憶力のせいで、僕は場違いな飲み会に参加することになってしまったのだった。

 のちに知ったことだが、佐原樹は、学部内どころか同学年内でも有名なやつのようだった。
 約束を守らず、いつも遅刻ばかり。ヘビースモーカーで、大酒のみ。女癖がわるくて、いつも違う女を連れ歩いている。一度名前を認識すると、耳が勝手にいろんなところから情報を拾ってきてしまうようになった。
 どれも悪い評判に思えるが、それを話す人たちは、みな悪口として噂しているようではなかった。それらがなぜか周囲に受け入れられてしまう、そんな世渡り上手な人間のようだった。
 佐原とは、学部共通の講義がふたつほどかぶっていた。
 佐原は噂通り遅刻ばかりするやつで、出欠の時間に<佐原樹>という名前は呼ばれるものの、いつも返事がない。「佐原はまた遅刻か」と講師がチェックを付けた10分ほどあとに、遅れて教室にやってくる。
 佐原の第一印象は、まず”デカい“だった。僕の身長は、成人男性の平均ほどだけれど、佐原はそれよりか15センチは高いだろうと思った。
「すみませーん、遅れましたー」
 そいつは教室の後ろの扉から入り、堂々と前方の友達の輪の中に入っていった。「佐原、おせーよ」と言われているのを聞いて、初めて佐原の名前と姿が一致した。
 僕は教室の通路ですれ違うとき、そいつの顔を盗み見た。
 外国人みたいに高い鼻と、くっきり二重の大きな目。金色に近い、明るい茶髪。
 モデル顔というより、俳優顔。街を歩いていても、ここまで雰囲気のあるやつにはまず出会わない。なるほど、女を選び放題なわけだ、とひそかに思った。

→「たばこ(2)」に続きます

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