歌いたい歌(ダスト・エッセイ)


 小学校の音楽教師は、ベテランの女性だった。白髪の早口おばあさんだった。

 

 音楽室には、様々な歌の歌詞と楽譜が書かれた冊子が置かれており、僕らは到着するなり授業前にその冊子を手に取る。低学年の頃、授業では毎回、3人ずつぐらいの生徒が、この冊子のなかから、その日みんなで歌いたい歌を選ぶ。そして、教師の伴奏で、僕らはその歌を歌った。


 よく歌った覚えがあるのは、「グリーン・グリーン」だった。アメリカのフォークソンググループ、ニュー・クリスティ・ミンストレルズが1963年に発表した最初のヒット曲らしい。らしい、と言うのも、この歌をよく歌ったことを最近思い出し、wikipediaなどであれこれ調べて知った。


 早口おばあさんは、この曲を歌うことを嫌がった。厳密にいえば、7番まであるうちの、3番までしか、僕らは歌わせてもらえなかった。早口おばあさんは、この歌の歌詞が、悲しくて、みんなで歌うには好きじゃないと、よく言った。そもそも、あの冊子に4番以降の歌詞が書かれていたかは覚えていない。悲しい理由は、幼い僕らにも十分にわかった。とにかく、僕らは4番以降に進むことができなかった。


 それでも生徒の多くが、この曲を選んだ。おばあさんへの嫌がらせなのか。陽気な曲調が好きだったのか。悲しい理由を追求したかったのか。少なくとも、選んだ生徒たちには、教師への忖度はなかった。


 1960年代初頭のアメリカでは、ヒッピーブームの到来が視界にあったか、反戦ムードや公民権運動の盛り上がりがあったか。日本語版作詞者の片岡輝を取材した人のブログによれば、実の娘との突然訪れるかもしれない別れを想い、彼女に何が残せるかを考えながら書かれた歌詞になっている。


 調べていると、「GREEN, GREEN」と「グリーン・グリーン」、それぞれの歌詞の解釈が飛び交う。でも個人的には、あの頃、この2曲の間にいた僕たちの感性の方が、気になる。


(2023年4月27日投稿)

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