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黄色い電車

「ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!」

一段登るごとに、苛立ちを踏みしめながら

階段を上がってくる足音がする。

「酔っ払ってるなぁ。今日は、危ないかも。」と

階段から聞こえてくる足音で、

その日の危険度を判断するようになっていた私は

部屋を見渡して、

ハサミとか、陶器製の貯金箱とか

体に当たると怪我しそうな物を

瞬時に判断しながら押入れの中に隠していく。

 古いアパートによくありがちな

金属製の玄関ドアが大きな音を立てて開き彼が帰ってくる。

「おかえり〜。」と私が声をかけると

私に視線をチラッと送り、

ブツブツ何かを呟きながら、

脱いだ靴を玄関に叩きつけ、

そのまま、玄関先に大の字に寝転がる。

「ここで、寝たら風邪ひくよ。

お布団まで一緒に行こう。」

と、彼を起き上がらせて、寝室へ向かうように声をかける。

台所を横切り、一緒に寝室に向かいながら

服を脱ぎ始めた彼の洋服を回収する。

「ドスン」と布団に座り込む彼の着替えを手伝いながら

「今日は、何事もなく眠りますように」と

心の中で呟きながら、彼の寝間着を取りに行った。


上京して2年目の春。その日私は

原宿のプロペラ通りを表参道に向かって歩いていた。

他に何もすることがなくって

目に留まった洋服屋さんに入って

洋服や小物をみて、特に気にいる物がなければ出る。

を繰り返していた。

何か欲しいものがあるわけでもない

意味のない行動の繰り返しを続けていた

私の目に飛び込んできたのは

ある店にあったモニターに映る

炎の中から消防士が歩いてくる映像だった。

「なんの映画だろう?」と思いながら

何か、そのヒントになる場面が出てこないかな?と

その画面に見入っていた私に

「映画好きなんですか?」

と、グレーのジーンズを履いてニット帽を被った、

店員さんが話しかけてきた。

「好きなんですけど、これは、観たことあるやつかな?

と思って。」

「バックドラフトですよ。」

「あ!題名は聞いたことあるけど、観たことないかも?」

「他に、どんな映画観たことあるんですか?」

一日に3本観るために映画館をはしごするくらい

映画が好きだった私と

ビデオを買って家で観るような映画好きな彼が

一緒に、食事に行くようになるまで

そんなに時間がかかるはずもなく

その店を出る頃には、連絡先を交換していた。


調布のちょっと先の大きな団地がある駅の

眼鏡屋さんの2階に住んでいた私は

学校がある新宿と友達が住んでいる下北沢で、

ほとんどの時間を過ごしていた。

彼と待ち合わせたのは

渋谷とも新宿とも違う、独特の空気の重さを感じる池袋。

その日も、みぞおち辺りに重苦しい違和感を抱えながら

待ち合わせの東口へ急いだ。

「シンドラーのリストって観たことある?」

「ないかも。どんな映画なの?」

「モノクロの映画なんだけど

ナチスドイツ時代の話でね〜。

でも、シンドラーのリスト観たことないなら

映画好きって言っちゃダメだよ。」

「ロック好きなんだっけ?

ジャーニーってバンド知ってる?」

「知らない。どんなバンドなの?」

「ロック好きなのに、ジャーニー知らないの?」

私よりも、10年早く生まれていた彼は

色んなジャンルの映画を知ってたし

音楽のことだって、

音楽の専門学校に行っている私よりも

もっとたくさんのバンドを知っていた。

知らない映画や知らなかったバンドを

知ることがとても楽しかった。

小さい子どもが、もっともっとと

次から次へ、絵本を持ってきて、

大人に読んで貰おうとするように

自分の知らない世界を

体験させて欲しいとねだるように

少しでも多く、私が知らないことを知りたくて

観たことがない景色が観てみたくて

黄色い電車に乗って彼の家に行くことになった。







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