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#MUSIC,little more.

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日記littlemoreから、おススメの音楽記事をまとめました。何を聴けばいいの?というあなたにぴったりだと思います。
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2018年9月の記事一覧

オルタナティブ回想記③

オルタナティブ回想記③

98年における日本のロック。

これはもう本当に素晴らしく芳醇な季節を迎えていました。

97年にデビューしていた中村一義を筆頭に、20代や10代の若く才能のあるアーティスト達が次々とデビューしていったのです。

ちょっと考えただけでもこのくらいw

すごすぎるメンツですよね。

なぜこんなことが起きたのかというと、

タワーレコードやHMVのような大型CDショップが全国に並ぶようになり、

また

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オルタナティブ回想記②

オルタナティブ回想記②

98年のロック。

それは前年の97年作Radiohead『OK Computer』の衝撃が世界中に伝わり、これまで通用していたものが通用しなくなる、とても混沌とした時代に入っていました。

今でこそ、音楽は個々人が好きなものを好きなように聴くというスタイルが定着していますが、その始まりがこの1998年だったように思います。

その中でも骨太なロックを鳴らすバンドもいくつかいました。

ぼくの大好

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オルタナティブ回想記①

おはようございます。

フジイ サダモリです。

音楽業界はよく20年周期と呼ばれます。

20年ごとに流行が繰り返すってことですね。

では、今から20年前の1998年はどのような年だったのでしょうか。

一言で言うとビックビーツの到来と、オルタナティブの終焉。

日本に関して言えば、小室哲哉黄金期の終わりと天才・宇多田ヒカルの登場でしょう。

ではまず、ビックビーツとはなんぞやというと

いわ

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Radioheadの話③

Radioheadの話③

あまりにも陰鬱で、最初は全く受けつけなかったRadiohead『OK Computer』が、皮肉にも母の病を経てぼくの中に自然に入って来るようになりました。

ひと月くらい、このアルバムしか聴けませんでした。

このアルバムを象徴する曲といえば、色々あると思うのですが

ぼくは『Fitter Happier』だと思っています。

いわゆる『歌』ではなく、コンピューターの声のような無機質な男性の声が

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Radioheadの話②

ぼくが高校2年の最後の日。3月の終わり。

母が夜、突然の痙攣を起こし、意識を失いました。

慌てた父と救急車を呼び、病院に運ばれ

集中治療室へ直行。

しばらくして宣告された母の病は

『脊髄小脳変性症』

というものでした。

原因は分からず、難病指定されているものでした。

治療法は、ありませんでした。

翌日になって母は意識を取り戻しましたが、

もう以前の母ではなく、数日すると一人息子

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Radioheadの話。

Radioheadの話。

おはようございます。

フジイ サダモリです。

今日はイギリスのロックバンド『Radiohead』について。

彼らがデビューしたのは93年だったかと思うのですが、

その頃、ぼくは小学生でした。

もちろん、Radioheadは知らなかったです。

徳永英明さんばっかり聴いてました。

その後、時は流れて97年。

彼らの記念碑的なサードアルバム『OK Computer』がリリースされました。

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くるりの新曲『Tokyo Op』がヤバイ!

くるりの新曲『Tokyo Op』がヤバイ!

おはようございます。

フジイ サダモリです。

明日、資格試験なので一言だけ言わせてください!

(帰り道で『ホモ・デウス』買う)

くるりの新曲『Tokyo Op』がヤバすぎ!

もはや何拍子だかよくわからないw

こんなんやられたら、日本のバンドの9割は解散必至だわ。。

やっぱり、すごいぞくるり。

アルバム、はよ!