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『みなさん、さようなら』から考える引っ越しの未来

一番古い記憶は団地に住んでいた時のことだ。

3-4歳くらいだっただろうか。おそらく2LDKの間取りだった気がする。その団地に友達がいてよく遊んでいた。ある日、その子の家で遊んでいたら、親が迎えにきたことがあったのだが、「帰りたくない!」と言って、その子の家の柱にしがみついた記憶がある。

そんな団地からもいつのまにか引っ越していた。

それから今日まで団地に住むことはなく、これからもない気がする。ひとつの閉鎖空間というか、何号室の誰とバレてしまっている感じがして、住みにくい気がしてしまう。聞いたところによると、今や団地は衰退してるのだとか。

しかし大きな団地は色々と揃っていた。すぐ近くにスーパーやコンビニ、雑貨屋、理髪店、本屋などなど。団地だけで生活が完結するように、なんでも。

そんな団地で一生暮らしていくと決めた男の話が『みなさん、さようなら』である。

1980年代はじめ。12歳の春に突然"一生、団地の中だけで生きていく"と宣言した悟、
彼が通う小学校の同級生107人は全員団地暮らしだった。団地には友達もいるし、好きな人だっている。いろいろなお店が揃っているから、生活にも就職にも困らない。

悟は中学校に通わず、自宅学習と団地の見回りなどをして、団地の中だけで生活を始めるのであった。不登校の子と仲良くなったり、団地にいた不良と喧嘩したり、団地の警備員のようなことをする。

彼はそのまま中学校を卒業して、団地のケーキ屋さんで働き始めるのだった。団地の中で恋をして、団地の中で青春を謳歌していく。

しかし小学生の頃は107人住んでいた同級生が1人、また1人と団地から引っ越していってしまう。現実の世界と同様に、次第に団地が衰退していくのであった。お店が並んでいたアーケードはシャッターが下しっぱなしの店が増え、団地の中にも空き室が目立つようになる。


人が一生同じ場所で暮らすというのは、簡単そうに見えて意外と難しい。旅立つ同級生を見ていると、自分が変わらなくても家族や周囲の人たちが変わってしまい引っ越ししなくてはいけなかったり、団地より外の世界が魅力に見えてしまったりという理由が多い。

大きくなるにつれて、留まるより外に出る理由が増えていく。だからみんな団地から抜けていく。すべてが団地に揃っているといっても、やはり同じ場所で一生を過ごすというのは難しいのだ。


しかしこれからは少し変わっていくのかもしれない。昨今のように世界中で感染症が蔓延し、インターネットさえあれば外部とつながりを持て、ステイホームを推奨されるような世の中ならば、生まれた場所から引っ越しすることなく、生きていくことが当たり前になるかもしれない。

これから大人になっていく子供たちは、今の大人たちが想像できない世界で暮らすことになるのだろう。もしかしたらそう遠くない未来、「引っ越し」が滅多にない出来事になっていくかもしれない。


さて、話を映画に戻そう。それでもなぜ、悟は頑なに団地を離れないのか。そしてなぜ、悟の母親や幼馴染は彼を認め続けるのか。

その理由が分かった時、これまでの悟の生活が180度違って見える。この映画の面白いところだろう。

ステイホームがまだまだ続きそうな中、この映画で団地にずっと留まろうとする悟を見てみると、何か気づきがあるかもしれない。


文:真央
編集:らいむ

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