見出し画像

はれの日

もう5年以上前の話。

大学の卒業式には、母と、離婚した父と、海外から来日した母方の祖母が出席した。

父は酒飲みで短気だったため、ところ構わずスイッチが入れば荒れることがある。だから私は、父になるべく晴れの日には来てほしくなかった。

くたくたの、一応晴れ着である服を着て待ち合わせ場所に現れた父。生活習慣病でぼろぼろの体を、杖を付きながらずずずと引きずっていた。医者に何度も怒られているのにまたタバコをふかしてから来たのか、そこそこ臭かった。

父と祖母はもちろん仲がいいわけなく(そりゃ自分の娘を苦労させた男だ、好きなわけない)、そもそも母と祖母もさほど仲良くない(里帰りに行ったらだいたい喧嘩別れして帰国する)。
どうして誰も仲良くない3人で卒業式に出たいとか言い出したんだ、と突っ込みたくなる。

パラパラと雨がちらついて、平均的に寒い日だった。だから余計にマイナスな感情が育ちやすい。


ただでさえ険悪なのに、さらに祖母が厄介ごとを引き起こした。連絡の手段もなければコミュニケーションもうまく取れないのに、式の途中でなぜか行方をくらましたのだ。

私は父と母と一緒に祖母を捜索する羽目になった。

私が通っていた大学はそこそこの規模なので、卒業式は大阪城ホールでとり行っている。5000人以上の卒業生とその家族や関係者でごった返す大阪城公園中から祖母を探し出す必要があった。


そもそも、おそらくキャパシティや防犯などの都合で、卒業式の同伴家族は2名まで、という縛りがあった。
「2人しか入れないから母と弟で来たら」と言ったら、母が頑なに「3人で行くから!」と言い張った。自分の温情こそ正しく、ルールはフル無視である。

「なんで嫌いな人間と卒業式に来るの」みたいなことを聞いたら「お父さんかわいそうでしょ、卒業式くらい見たいでしょ」と。祖母は「あなたは一番上の歳の孫だから、当たり前でしょ」と。私へのかわいそうはなかったのか。
とはいえ調整しないと普通に無理なので、片親しか来ない友だちに頼んで、その友だちの同伴者ということにした。それで結果、こうである。


祖母を探しながらずっと父はイライラして、母はヒヤヒヤして、わたしはムカムカしていた。
ようやく見つけたと思ったら、祖母は母に「どうして私を置いていったんだ」的な怒りをぶつける。嬉しい気持ちが全部飛んでしまった。

学部ごとの式を夕方に控えていて移動しなくちゃいけなかったのもあり、3人から逃げるように電車に乗り込んだ。

こんなことなら、卒業式には来ないでほしかった、と、ずっとずっと、思っていた。


そのときの娘の気持ちを察してたのか、はたまた娘という存在に完全に飽きてしまったのか、父はその3年後の結婚式に来なかった。
父の家から歩いて15分もかからない、タクシーに嫌がられるほどの近距離にある、小さな教会での挙式だったのに。 
「基礎疾患を持ってるから、万が一移ったら迷惑かけるから」という理由で。

内心私はほっとしてしまった。
父に結婚相手を会わせた後に「結婚式は行くから」と言われた時になんて断ろうかとずっと困っていた。
結婚式だけはめちゃくちゃにされたくなかったから。

当日、父は式のインターネット配信に「綺麗よ」とコメントを残した。全てがスムーズに終わった。


今になって思う。どうせなら、逆に結婚式くらいは来てほしかったな、と。

今なら私、ぐちゃぐちゃのあなたを許せると思う。いや、ちょっとくらいはイライラするだろうけど。
そのイライラも、今はちゃんと愛のしるしとして抱えられると思う。



もう一回簡単なものを異国で挙げようかな、と思ってるねんけど来る?
前よりかは動きやすい体になったんやし、もうコロナは流行ってへんから大丈夫よ。


行き場がなく、仕方なしに衣装箪笥の上に居座らせている骨壷に向かって、話しかける。

この記事が参加している募集

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?