夕方のタックロロック カンボジアの暮らし方3
カンボジアにあるもので日本にもあればいいのに、と思うもののひとつが、"ボンアエム屋さん"だ。
午後、おやつの時間になると出てくる、道端の屋台。台の上にふたつきの鍋が並び、ふたを開けると緑や小豆色の甘く煮た豆とか真っ黒な仙草ゼリーやかぼちゃ、ココナッツミルクで煮たタピオカなんかが入っている。
ひとつずつふたを開けてその中から好きなものを選ぶと、お皿に入れてくれる。そして上からがさっとけずった氷をのせ、缶入りのコンデンスミルクをかけて出してくれるのだ。ベトナムのチェーやフィリピンのハロハロを、素朴な家庭料理にしたかんじ。
そのお店は、市場から少しだけ離れた国道沿いにあった。
中国系の顔立ちで、魔女の宅急便のおそのさんみたいに元気なおばちゃんがやっている、ほったて小屋のボンアエム屋さんだ。
お客さんが小屋に入るのではない。小屋にいるおばちゃんに声をかけて、外に並べられた椅子に座る。
自転車を店の横にとめておばちゃんに挨拶すると、あらー、日本人!座りなさい!何食べる?みたいに気さくに声をかけてくれる。そこでいつも頼んでいたのが、"タックロロック"だった。
タックロロックとは、フルーツシェイクみたいなものだ。スタバで言ったらフラペチーノだ。果物と氷とコンデンスミルクをミキサーに入れてガーッと混ぜる。
最後の"ク"は口の中で言うので、"タックロロッ"となる。
ソム タックロロッ モイ!(タックロロックひとつください)
いつもジャックフルーツ少なめで作ってもらった。おばちゃんはりんごや何かをその場で切ってぽんぽんとミキサーに入れ、氷をドバッと。コンデンスミルクをそんなに!?というほどたっぷりかけてタックロロックを作り、グラスのふちまでなみなみ注いで出してくれた。
夕日がさすアルミのテーブルにグラスを置いて、ストローでごくごく飲む。じっとりと全身にまとわりつく汗がすうっと引いていく。
たまに来るハエを避けながら、家に向かう夕方のバイクや荷物をたくさん積んだトラックを眺めながら、タックロロックを飲む。半分くらい飲み終わると、ミキサーに残った分もおかわりさせてくれるおばちゃん。オークン(ありがとう)!
おしゃれなカフェなんてなかった。
道端のお店にはハエが来るし、目の前をバイクが通る。使った食器はたらいで洗われている。
プノンペンでラテもおいしいケーキも味わえるおしゃれなカフェに行き、ローテーブルのソファ席に座ってああ落ち着く、ほっとする、と思っていた。
でも、鮮明に思い出すのはなぜか、そんな田舎のお店の、ボンアエムやタックロロックやコンデンスミルク入りのコーヒーの味。そして、暑い日差しと涼しい風、砂っぽい空気感。
目の前に鍋が並ぶ台や鈍い銀色のアルミのテーブルに、丸い椅子。そこに座って、いつもより低い視点で、バイクや牛や車や人が、自分の頭よりも上を行き交うのを眺める。
クメール語で話しかけるといつだって喜ばれた外国人の私が、カンボジアの田舎の町の空気の中に、すっと溶け込める瞬間。
だからあんなに居心地がよかったんだ、と、今になって思い返している。
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