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白銀の虚 玄の月📚️読了🧐マジメに考えてみた❗️(読んだ人向け)

十二国記最新刊『白銀の虚 玄の月』読み終わりました~🙌書きたいこと書きます。ネタバレ配慮なしです。悪しからず🖐️

まずは、これ早くアニメになんないかな~?←当然アニメになると思ってる発言

スッゴク売れてるけど、漢字多い独自の世界観で、シビアだし、みんな~読むの大変じゃない?十二国の民たちは かなり訓練された人々だろうけどさ。キャラクターの顔や騎獣の造形が分かると、もっと感情移入できるよねー。

映像で観たいよね。強かでクールな泰麒、隻腕なのに強くて美人な李斎、ロリな見た目なのに知識豊富で頼りになる耶利。

映像で観たいよね。(二回言いました)

さて、本題。
まず ラスボスである阿撰が、サイコパスのような根っからの悪者ではなく、誰もが陥る可能性のある落とし穴に はまってる、そこに かえって恐ろしさを感じる。

驍宋と阿撰の違い。

もともとは似ているように見えた二人。

二人の違いを 丁寧に拾ってくことによって、作者の主張が垣間見える、気がする。

阿撰は 勝つために手段を選ばなかった。悪どい部下や妖魔を利用し、虐殺をし、信頼出来る部下を遠ざけ、最後には使い捨てにした。

驍宋は捕まると分かっていても、他者を犠牲にする手段はとらなかった。そして、その政治は単に民に施しを与えるやり方ではなく、知識、技術を与え、自活出来る道を 指し示すやり方だった。(これは 華胥の幽夢で、税を軽くする以外どうしたら良かったのか?の一つの答えであると思う)民が主役である、という本質を 驍宋はとらえていた。

そして、泰麒。麒麟としての特別な能力を失ってしまってる中、自分の頭脳だけを頼りに、安全な場所に留まることなく、自分に出来る戦いをする姿。その目的はただ、民が冬を越せるように。彼もまた、手段と目的をはき違えない。

それから李斎。彼女の地道な努力、素直な人柄に段々と味方が増えてく様が心地よい。彼女も戦術としては悪手と分かっていても、土匪を助けに行く。無理と分かっていながら、最後、刑場に向かう。そんな自分の心に嘘のない行動が、細い細い糸が、最後に繋がっていく。

そんな泰麒と李斎が「王は貴方しかいない」と思うのが驍宋なのだ。

さて、民が主役だとして、驍宋の王の役割とは何だろう。例えば、民がそれぞれ己の利で行動すると、落盤する危険性のある山になってしまう。そうならないようにルールをつくる、とか。皆が通れるよう道を整備する、など公共の利便をはかることではないか。そして、麒麟の役割とは、慈悲の心によるセーフティネットである。政治とは、権力闘争ではなく、本来そういうものだよね、十二国記はファンタジーだけど、ここ蓬来でも 似たようなことがありはしない?そう作者は示唆してるのではないか、なんて穿ちすぎかな?

阿撰の失敗、それは誰もが陥る可能性のあるようなものだと先にのべた。
他者と己とを比べ、勝つことだけに拘泥する愚かしさ。目的と手段をはき違え、故に満足感の得られない生き様。
恐怖で支配する短絡さ。支配された側が無気力無関心になる様。病む様子。そして自分も孤立していく。
他人事ではない恐ろしさではないですか?

のほほんと蓬来で暮らす私たちにとっては、この物語は 暗く残酷である。でも、だからこそ、驍宋の清廉さ、泰麒の、李斎の、心根の優しさ、懸命さが胸を打つ。大人が鑑賞するに充分重厚ながら、青少年向けとして始まった正しさの根っこは失われてなく、ますます これからも続きを書いて欲しいと 願ってやまない。

というか、続くよね?(短編集だけではなくて)

まだまだ謎な部分たくさんあるし?

琅燦とか⁉️琅燦とか⁉️琅燦とか⁉️

「妖魔側がおかしいことになってるのかも」と言ったのは 利広と尚隆だっけ?
阿撰の場合も 妖魔を御せなかったことが闇落ちの原因だと思うんだけど。もっと、何か訳があるよね?教えて!琅燦‼️

「大使館みたいなものがつくれないかな?」って話もあったよね?
陽子と高里が、蓬来育ちならではの発想で 上手くやる話とか読みたい(陽子の「高里君」呼びに萌える)

あと、楽俊の身の振り方ね。
勿論、公私とも陽子を支えて欲しいと思ってるんだけど。

楽陽のイチャイチャが読みたい←結局それな☺️

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