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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #23 ~いよいよリリース!

いよいよリリース当日。

リハよりも少し早めの19時半に会社に着くと、前田さんが帰るところで、野島次長はデスクにいた。

「飯嶌さん、早いですね」
「なんか家でもじっとしてられなくて…。コンビニで飯買って来たんで、ちょっと席で食べさせてもらいます」
「私もなるべく早めに来ますね」
「あ、前田さんは無理なさらず。予定通りで大丈夫ですよ」

前田さんはキラースマイルとウインクをして、それじゃよろしくお願いします、と言って帰って行った。

僕は野島次長の元に向かい、挨拶をした。

「安心して任せるつもりだけどな。何かあったら真夜中でもいいから連絡してくれ」
「お任せください。次長は爆睡してもらって構いませんよ」

野島次長はニヤリと笑ったが、あまり調子に乗るなよ、と釘を刺した。

「本番の今こそ基本に立ち返ること。リハはあくまでも手順の確認と時間の計測であって、慣れるためにやったわけじゃないからな。いいな」

厳しい表情で言うので、僕も気を引き締めた。

「はい、わかりました」

そのままシステム部内にあるリリース本部に顔を出した。
夜勤の山下さんも森田さんも、日中組の井上くんもいた。
ホワイトボードにはタイムスケジュールとタスクチェック表が掲げられ、特段異常なくリリースを迎えられそうだった。

「おぉ、飯嶌リーダー、早いね」
「山下さんたちこそ早いじゃないですか。まさか朝からいたわけじゃないですよね? 井上くんも早く帰らないと明日の朝、つらいよ?」
「大丈夫ですよ、若いですから」
「いや1こしか違わないから!」
「俺にはケンカ売ってんのか?」

井上くんは山下さんに腕で首を絞められそうになっていた。
和やかな空気だった。

僕は席に戻り、コンビニで買って来たご飯を食べ始めた。

背後から帰り間際の野島次長が近づいて来た。

「コンビニ飯か。味気ないな」
「外でのんびり食う気にもならないですよ…。リリースが終わったら朝飯は…いや昼飯かな? そっちは豪勢に行きますよ!」

野島次長は笑って、じゃよろしくな、と言って帰って行った。20時。

* * * * * * * * * * *

21時が過ぎ、リハでやったように既存システムが閉塞され、事前バッチが実行された。
それが終わればリリース、データ洗い替え、動作確認、最終夜間バッチ、サービス再開だ。

0時を回って事前バッチが終わったシステム担当者がリリース作業を行う。これ自体は大したことはなく、すぐに終わった。

あとは森田くんが監督するデータ移行作業だ。これには少し時間がかかる。
待っている間は気が気じゃなかった。後続の作業に時間が影響するからだ。

「データ移行、リハより時間かかってますね…」
「リハと違ってデータベースは他の処理も並行して動いていますからね。その代わりスペックはあるので、そのうち終わると思います」

落ち着いた森田さんの言葉通り、程なくしてデータ移行は終了した。
ホッと胸を撫でおろす。

しかし、問題はここから起こった。

簡単な動作確認も終わり、新システムリリースに伴う作業がひと段落し、みなひと仕事終えた感があった。
通常の夜間バッチ終了すれば、しばらく仮眠できるタイミングが来て、サービス開始、のはずだった。
午前3時半。

通常夜間バッチの1つに時間がかかっていた。

「いつもより遅いっすね…」

森田さんがバッチ実行の進捗を確認できるモニターを見て呟いた。

「完全にノーマークのバッチだな…」

山下さんも唸る。後続バッチがいくつか控えているため、全体の終了時間が延びる可能性があった。
夜間バッチ対応表を確認すると、そのバッチはスキップ不可能で、サービスに影響が出る、とされている。

「まぁもうちょっと様子見ようや…」

不穏な空気が流れる。
僕もモニターから離れられなくなった。

しかし1時間経っても終わらなかった。

少し前から山下さんがデータベースの処理がデットロックされているようだ、と突き止めた。

「ロックしているレコードをスキップする必要があるな…」

山下さんが慎重な面持ちで言う。システム部のメンバーが集まり、対象データのうち処理済みと未処理を分ける調査が入り、対象バッチの中断を決意した。
山下さんが情報システム部の部長に電話を入れ、報告と指示を仰いだ。

「よし、部長にも確認取れた。バッチ強制終了するぞ!」

山下さんの一声でシステム部メンバーが慌ただしく動く。
僕はリリース報告書作成のために事象をまとめた。

対処が済んでバッチ再実行した時は午前5時。本来全ての夜間バッチが終了している時間だった。

「予定より2時間遅れ…ギリギリだな」

山下さんがそう呟いた時、システム部フロアに誰かが入ってきた。

「じ、次長!?」

それは野島次長だった。

「え、まだ5時ですよ?」
「なんだ、始発で来たら悪いか」

呆然としていると僕の手元にドーナツ屋の箱を押し付けた。

「差し入れ」
「あ、ありがとうございます…」

山下さんがすかさず現状を説明する。

「サービスインに影響は出るのか」

野島次長が少し険しい顔をすると

「残バッチはこれらです」

と後続についても説明をする。

「もしサービスインしても影響のない処理はあるのか?」
「基本的にはないんですが…」

山下さんと野島次長が話し込む。

結論としてバッチは最後まで実行となった。サービスインまでかかるようでも、サービス稼働時に処理中のデータが何に当たるのか検討つきやすいので、それは後回しで作業する、と言う判断をしたようだ。

方針が決まって山下さんも安堵の顔を浮かべた。

「いやー次長が来てくれて良かった」
「システム部の部長からメッセージもらってな。お前家近いだろう? 頼む、とか言うんだよ」

野島次長がそう言い、みんな驚いた。

「ドーナツなんて芸がないけど、まぁ糖分は必要だろ。飯嶌、人数分のコーヒー買ってきてくれ」

そう言って僕に手に千円札を数枚持たせた。

「あ、僕も手伝います!」

森田さんが背後で手を挙げた。

「あの次長、僕から本来報告すべきでしたよね…。ドキュメントにはまとめていたんですが、電話するとか意識なかったです…すみません」

僕が謝ると野島次長はニヤリと笑って

「俺は爆睡してたんだけどな」

と言った。

森田さんと休憩室に向かい、リリース担当した人たち分のコーヒーを買った。

「コーヒー苦手組もいるかもだから、紅茶もいくつか買おう」

森田さんは気の利く一言をいった。

「でもまぁなんとか方向性見えて良かったね」
「はい…皆さんの的確な判断や行動のおかげです…」

僕が頭を下げると森田さんは

「組織の枠を超えてチームで動くって楽しいでしょ。プロジェクトってキッツイけど、僕は楽しくて大好きなんだよね。成功すればボーナスもはずむしね」

イキイキとそう語り、確かに今までの僕は営業とはいえ閉鎖的な仕事をしてたんだなぁと痛感した。

「僕も…そう思います」

森田さんは僕の背中を叩いて「じゃあまた一緒にやりましょう!」と言った。

「いや、でもホント疲れるんで、しばらくプロジェクトはいい…かな」

恐る恐る言うと森田さんはケラケラと笑った。

「みんな飲み物待ってるだろうから戻ろ! 日中組への伝達事項もまとめないといけないしね!」

僕たちは休憩室にあったお盆に飲み物を載せ、急いでフロアに戻った。

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第24話へつづく


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