見出し画像

【シリーズ連載・Guilty】あなたのうわさ #1

まえがき

オリジナルキャラの野島遼太郎の青年期を描く『Guilty』シリーズの第一弾。遼太郎が社会人になってすぐの頃を描いています。
同期入社の野口純代の目線で描きます。前日譚は以下。

【前日譚】



~プロローグ


野島遼太郎は、入社式で私の隣に座った人だ。名前順だったから、私の『野口純代』の次が彼だった。

彼はFragonardというフランスのフレグランスメーカーの『MIRANDA』という、甘い甘い、これでもかというほど甘い、オリエンタルグルマンの妖艶な香りを纏っていた。内定式の時から香っていたから、ずっと気になっていた。だって、どう考えても女物の香水だし、女装が好きそうな感じでもなかったし。

皮肉ではなく "いい匂いだね" と言ったら「あげるよ」と、いとも簡単に私にくれた。
以前付き合っていた彼女からもらったという、金色の小瓶に入ったそれを、入社式で、私に。

悔しくも私はその時、彼に一目惚れをした。
危ない男だとわかっていた。

彼は入社式の席で「俺はいつかこの会社のトップになります」と言って騒然とさせた。
同期のみんなも認識している。野島は自信家で傲慢だと。
それも含めて、私は恋に落ちた。おそらく何人かの同期女子と同じように。けれど周囲との決定的な違いは、私の手元にある『MIRANDA』…それは私だけのものという、小さな小さな宝だった。

だからといって彼が私を特別視しているとは思えなかった。私はいつも自分に自信がないから、彼のような人が自分を気にかけてくれるとは思えなかった。
だから、完全なる片思いかつ、私の気持ちを示すことは誰にもなかった。

もらった香水はあまりにも匂いが強すぎて、職場では憚られた。だからカバンに忍ばせ、退社時にほんの少しだけ、手首に載せる。
彼の身体も纏ったことのある、この重苦しいほどの甘い香り。

野島遼太郎はきめの整った綺麗な肌をしていて、意志の強そうな真っ直ぐな眉、その下には美しいアーモンド型をした瞳に涙袋まであり、力強さと共に儚さまでも感じさせる不思議な魅力があった。通った鼻筋、形の良い唇、少々華奢な顎のライン。その容姿は女子も羨むほどで、まさに美青年と呼ぶにふさわしかった。

身体つきは男性らしさもあり女性っぽさもあり、妖艶な雰囲気を持っていた。いつも背筋がよく、張った胸と弓なりの曲線を描く腰のラインがとても美しい。聞けば学生時代は弓道部に所属していたとのことだったので納得した。
その身体の線をサイドベンツのスーツが美しさを際立たせている。それほど背は高くないと思うが、堂々とした態度がオーラにもなって、彼を大きく見せている。

彼は女性たちの話題を独り占めした。同時に男性たちの妬みの対象だった。入社して間もないというのに、彼に関する様々な噂が渦巻いた。どこまで本当かはわからなかったが。

そういった噂たちは、常に私を動揺させ、時に悲しくさせた。


~初夏の頃


1ヶ月間の新人研修が終わり、私は法人営業部の営業サポートのセクションに配属された。OJTである中堅の先輩からあれこれ引き継きながら、あっという間に5月が過ぎていった。

始業は9時だが、私は配属当初から遅くとも8時15分には会社に着き準備をするようにしていた。部署では最も早い。新人だから当たり前と言われればそうかもしれない。私の部署は他よりも年齢層が高く、新卒女子が配属されるのは久しぶりとのことだったので、あまり付きっきりで構ってもらえることはなかったせいもあった。

数十人いた同期は散り散りになったけれど、別部署ながら同じフロアに4人の同期が残った。
その中の一人が野島くんだ。彼は企画営業部の第一課に所属している。花形部署のひとつだ。

私は彼の事を『野島くん』と呼んだ。
同期たちは "のっしー" とか "遼太郎くん" なんて呼んでいたけれど、私は便乗出来なかった。そういうところ、コミュ障なんだと思う。

彼もまた、誰よりも出社が早い。ただ自席ではなく、別の階にある休憩スペースの片隅にひっそりといる。たまたま私がコンビニで飲み物を買い忘れた時に朝一で休憩スペースに立ち寄った時に見かけて知った。

彼は既にラップトップを開いて忙しなくタイピングしていたり、難しい顔をして画面を睨んでいたりした。
8時過ぎといえばまだ社内に人影はまばらで、休憩スペースなんて他に誰もおらず、挨拶もしやすかった。彼はチラリと顔を上げて「おぉ、おはよ。野口も早いね」と短く答えるとまたPCに向かう。そんな感じだった。

最初に私がそこで野島くんを見かけた時、彼は人差し指を唇にあててこう言った。

「俺がここにいること、内緒にしておいて」

秘密を共有した気がして、私の心は突き抜けそうなほど浮かれた。
私が早く出社する、もうひとつの理由になった。

野島くんは配属された部署で順調に成果を出していた。客先では相当気に入られているらしく、売上は新人ながらトップを取っていた。それもあって上層部には気に入られていたが、同期や同僚、直属の先輩や上司からは『単なるビギナーズラック』と揶揄され、扱いにくい奴と思われているようだった。

同じフロアだから、そんな話も空気もよく感じた。良くも悪くも目立つ。

でも私は知っている。
野島くんが誰よりも早く出社しているのは、営業の準備をしっかりと行っているためだ。リサーチやプレゼン資料を完璧に仕上げて、隙のない仕事をするための準備を。
努力しているところを見せたくないのが彼の美徳なのか、わざわざ違うフロアで "誰にも言わないで" と言って、そんなことをしている。

有言実行。やると言ったからにはちゃんとやる。
立派だな、と思っていた。


~梅雨の頃


梅雨時の営業は大変だろう。社用車を使う営業マンはわずかで、ほとんどの人が公共交通機関を使っている。

外回りの社員が出払う中、内勤者はランチですら雨で外に出ない人が多い事もあって、社員食堂から溢れた人で休憩スペースもそこそこの混み具合となる。そこで野島くんの名前がよく挙がる。同期のみならず、他部署の先輩社員たちまでも。そこには彼を彩る華やかな言葉が並んでいる。
ゴシップネタなんて聞きたくないくせに、彼の名前が挙がるのが気になって耳を澄ませてしまう、愚かな私。

"今年入ってきた新人の野島って子、やばくない? 第一課で先月トップだったんだってよ"
"知ってる。めっちゃきれいな顔した子でしょ"
"わかるー。あの子、K大学卒だっていうし、相当優秀なんだってよ。天は二物を与えるのね、実際は"

だったり、

"今年の新卒の野島って奴、すっげぇ生意気なんだってよ。あぁ言えばこう言って、まー面倒くさいっての”
"裏表ありそうな奴だよな。客先では都合いいこと言ってるんじゃねぇの?"
"営業なんてそんなもんだろ。実際、結果出してんなら何も言えんっしょ"
"でもよー、先輩に対しての口の利き方ってもんはあるだろ。言葉遣いが丁寧ならいいってもんじゃないっての"
"まーな"

だったり。

最悪だったのは、ランチタイムに同期の伊藤はるか、森本英恵はなえ、山本麻美の4人で昼ごはんを食べていた時だ。3人が野島くんの話をし出した、その内容。

「この前、のっしーが三課の花咲さんって5こ上の先輩と2人で歩いてるとこ、見ちゃったんだよね。終電ギリの時間でさ。なーんかいい雰囲気だったんだよ。あれは怪しいよ」
「そんな上の先輩と?」
「うっそー。結構ショック」
「何、あんたもしかしてのっしーのこと?」
「良いなって思ってた。っていうか絶対皆んな思ってるでしょ」
「皆んなは流石に言いすぎでしょ」
「でもさ、色んな人と飲み歩いているっていうじゃん。大丈夫なのかね? けっこうたらし・・・なんじゃない? 気をつけな」
「でものっしーって歳上に可愛がられそう」
「わかるー。悔しいけど」

胸がざわついた。私は一言も参加できなかった。
悲しくなる。

全面ガラス窓に絶え間なく雨の雫が流れていくのを、ただ見ているだけ。






#2へつづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?