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【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Father Complex #8

遼太郎はすぐに梨沙のスマホに電話をかけるが案の定、呼び出し音が鳴ることはなかった。上着を羽織り、外へ出る。

スマホを操作して梨沙の位置情報を取ろうとしたが、機能をオフにしているのか、取得ができなかった。

遼太郎は舌打ちをし、タクシーを捕まえOstbahnhofオストバンホフを目指した。梨沙のことだから、極端な刺激を求めてクラブで自暴自棄になっているかもしれない。あの辺りは夜遊びスポットが集まるエリアだ。

タクシーを降り、とりあえずクラブなどを見て回る。あいつが行きそうな場所はどこだ…。

しかしなかなか見つからない。数あるナイトスポットを片っ端から回ったって埒が開くはずもない。電話は相変わらず繋がらない。
時刻はすでに午前2時半を回っている。

流石に焦り始める。梨沙はまだ15歳なのだ。背は高くはないし童顔でもあるから、ドイツ人から見たらもっともっと幼く見えるはずだ。子供と間違えられて補導されていてくれたらまだマシだが。

「梨沙…」

警察に届けるしかないか…とよぎり始める。
緊急通報をしようとスマホを見た途端、呼び出し音が鳴った。梨沙からだ。慌てて出る。

『パパ! 助けて!!』

開口一番は、叫び声だった。

「梨沙! 何処にいるんだ?」
『助けてぇ…!』
「何処にいるか言え!」

周囲が騒がしく、梨沙の荒い息遣いも交じる。走っているのか?

「梨沙、一度切るぞ。どこか中にいるのなら外に出てくれ」

すぐに娘の位置情報を調べた。なんとKREUZBERGクロイツベルクにいるではないか。確かにあのエリアもクラブが多い。
しかも夜間はやや危険なエリアの一角を指していた。近くの公園では薬の売人がたむろしていることもある。

遼太郎は再びタクシーを捕まえKERUZBERGへ急がせた。
車を降り位置情報の示す方へ走ると、そのクラブの前には数人の若者がいた。タバコの匂いに混じって甘い匂いも漂っている。

その若者に囲まれているのは小柄な少女だ。取り囲んでいる一人がその少女に向かって手を振り上げている所だった。

「梨沙…!」

駆け寄りながら遼太郎は

「Das Mädchen ist meine Tochter!」

その子は俺の娘だ、と叫ぶと若者たちは驚き、腕を振り上げていた男は慌てて逃げた。他にも逃げる者がいたが、2人ばかり遼太郎に向かって襲いかかって来た。避けきれず頬に一発食らってしまう。
しかし遼太郎も相手の足を払った。倒れた男の1人は転がるように店の中に逃げ込んでいったが、遼太郎はもう1人の胸ぐらを摑むと笑みにさえも見える形相で男に言った。

「お前ら…俺の娘に手を出してないだろうな?」

その狂気に満ちた表情に、たとえ外国人の屈強な男であっても気味悪く震え上がった。

「Nein…Nein…Vielmehr machte sie viel Aufhebens und warf Flaschen nach uns.」
(何もしてない。アイツが騒ぎ出したんだ)

遼太郎は固めた拳を震わせたが、歯を食いしばると摑んでいた胸ぐらを離し、地面に叩きつけた。

ふらついて膝をついた梨沙を抱き起こすと、大通りへ出た。

「膝、怪我したな。お前に殴りかかろうとしてたやついただろ。他はどこも怪我してないか? あの男たちに何かされたりしてないか?」

見るとタンクトップの胸元が汚れている。

「お前さっき胸の怪我を手当したばかりなんだぞ? 病院に向かおう。傷口が開いていたら大変だ。あと、警察にも」
「平気」

梨沙の声はガラガラに掠れていた。

「だめだ」
「いいの。帰りたい。大丈夫だから」
「大丈夫なわけないだろう!?」
「本当に大丈夫だから…帰りたい…」

梨沙の吐息は甘い匂いを放っている。遼太郎はその顎を摑み、頬に食い込むほど力を込めた。

「お前…マリファナ吸ったな…?」

遼太郎の言葉に、大きな瞳が怯えたように揺れた。

「梨沙…!」

遼太郎の剣幕に梨沙は一層震え上がる。

「こんなことするなら今すぐ日本に連れて帰って、二度と家から出さないからな」
「嫌だ…」
「じゃあなぜこんなことした?」
「だってパパが…」
「俺のせいだと!?」

そこでタクシーがやって来て、結局アパートメントホテルに帰ることになった。
車内で再び梨沙は泣き出したが、遼太郎はいよいよ何と言ったら良いかわからず、黙り込んだ。

***

アパートメントホテルに戻ると梨沙はすぐに着ていたものを脱ぎ捨て、自分のベッドに潜り込み、頭からシーツを被ってしまった。
遼太郎は枕元の淡いライトだけを点ける。梨沙を落ち着かせなければならない。窓ガラスに映った自分を見ると、頬骨に青紫の痣が出来ていた。

「梨沙」

呼びかけても返事をしない。ベッドの淵に腰掛けシーツに手を掛けると、力いっぱい抵抗された。

「梨沙、頼むよ。話させてくれ」
「嫌だ。疲れた。話したくない」

掠れた声で拒む梨沙に遼太郎はシーツの上から彼女を抱き締めると、ビクリと反応する。

「その声どうした?」
「…」

シーツの中で梨沙は号泣し出した。泣き止むまでそのままシーツの上から覆い被さるように梨沙を抱き締める。
やがて嗚咽が落ち着いた頃、そっとシーツをめくると梨沙は顔を真っ赤にして涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

遼太郎が指で涙を拭い、顔に張り付く髪を払ってやった時、先までは暗がりでよく見えなかったが、前髪に隠れた額が赤く腫れている。
驚く遼太郎に梨沙は一瞬目を見開くとすぐにぎゅっと瞼を閉じ、シーツで隠そうとした。

それを制してシーツを捲り上げると、梨沙の身体には傷や痣が複数箇所ついているではないか。

「梨沙…お前…やっぱりあの時いた男たちに…?」

梨沙は掠れた声で答える。

「…されてない。こ、怖くて…触られたら急に怖くなって…虫唾が走って、気味悪くなって。それからめちゃくちゃ叫んで、吐くほど叫んで、拒んだ時に近くにあったもの摑んでがむしゃらに抵抗して…だから自分でやったのかやられたのかよく憶えていない。でもほんとに最後までは…されてない…」

遼太郎は愕然とした。

「でも…パパ言ったよね。俺じゃなくて他の誰かとそういうことはするもんだって。だから誰でも良くって…パパじゃないなら…」

遼太郎は苦悶に顔を歪め、言葉を詰まらせたまま梨沙を見下ろした。

「他の男の人とするって、そういうことでしょ…?」
「違う!全く違う!」
「私にとっては同じことなの。私はパパの望み通りにしようとしただけなの」
「俺はそんなこと望んでいない」
「私だってそうよ」

遼太郎は天を仰ぎ、恐ろしさに震えた。

「相手がパパじゃないなら、誰だって同じ。だからこういうことなんだよって」
「同じじゃない…」
「じゃあどうして私の気持ちは生まれたの? 他の男の人が全然だめなのはどうして? 他人と違ってもそれを大事にしろって、パパ言ってたじゃない。だから私…自分の気持ちが本当は良くないって知った時も、それでもいいんだって思ってた。パパはママのこと愛してるから叶わないかもって思ったけど、誰かを愛する気持ちは素晴らしいことだからって、教わったから…」

遼太郎は呻くように「だめなんだ…」と繰り返すばかりだった。





#9へつづく

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