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あなたがそばにいれば #21

Arisa

最近、野島次長の様子が気になっている。

先日、他部署で受け入れているインターンシップの女子学生が、何故か次長にコンタクトを取りに来ていたけれど、あの辺あたりから色々気になり出している。

会議中は普段とそれほど変わりはないが、眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていることが多くなったように思う。

そして会議が終わると、ノートPCを席に置いてふらりと消えてしまう。
次の打ち合わせや仕事だったら、PCは必ず持って歩くはずだった。

ある日私は、さりげなく後を付けた。
彼は休憩エリアに入っていった。

窓際のカウンターになっているハイテーブルに着き、缶コーヒーを前に頬杖をついてぼんやりと外を眺めている。
そんな後ろ姿時は、今まで見たことがなかった。

どうしようか迷っているうちに彼が振り向き、私に気づくと気まずそうに困ったような笑みを浮かべた。

「すみません、お寛ぎのところ…」
「いや。サボっているのがバレたな」

次長は笑顔を作ったが、やはり無理をしているのがわかる。

「次長…最近お疲れではないですか?」
「いや…大丈夫だ」
「無理なさらないでください。飯嶌さんもしっかりして来ましたし、私たちにもお任せください。もちろん次長と同じ位のパフォーマンスは期待できませんが...」
「…そんなことはない。ありがとう…」

申し訳無さそうに言う。

「少ししたらすぐ戻る。心配かけてすまない」
「いえ…あの…」
「…なんだ?」

言おうかどうか迷う。
インターンシップ生とのことだ。

けれど次長の表情を見て、今は深掘りすべきことではないと思った。

“何でもありません” と一礼し、彼の前から退いた。
休憩室を出る前に振り向くと、テーブルに突っ伏して窓の外を見ていた。

何を見ているのだろう。
心はどこにあるのだろう。

あの女子学生は関係があるのですか?

どんな時だって私に知る権利なんてありはしないのに。

* * *

自席に戻ると飯嶌さんが困り果てた顔をしていた。

「あ、前田さん! どこ行ってたんですかー。心細かったですよ」
「すみません、ちょっと休憩室に」
「次長もどっか行っちゃてるし、あちこちから確認やら承認伺いやら溜まってます」
「次長はすぐ戻ると思います。こちらで出来ること捌いておきましょう」

私は飯嶌さんと自分たちで処理できるものを捌いていった。
その最中で飯嶌さんが言う。

「次長、最近大丈夫ですかね。なんか顔色悪いですよね」

私はハッとした。飯嶌さんも気づいていた。

「子供も2人目になると育児大変なのかな? 上の子もまだ小さいですしね。2歳と0歳なんて怪獣が2匹いるようなもんって聞いたことあるんですけど。魔の2歳児とも言うらしいですからね。半端ないイヤイヤ期」

「飯嶌さんは知っていそうなことを知らなくて、知らなそうなことよく知っていますよね」

飯嶌さんは照れ笑いした。
褒めているわけではないけれど、嬉しそうにしている。飯嶌さんらしい。

育児…そういう疲れなのだろうか。
確かに小さな子供が2人いたら、夜はゆっくり眠れないかもしれない。

「でも確かに…。そういうこと、なんですかね…」
「僕の彼女、子供大好きなんですよ。次長の家に遊びに行っても上の子の...梨沙ちゃんっていうんですけど、ベッタリなんですよ。僕を差し置いて」
「いきなり何の話ですか?」
「あぁ、ごめんなさい。僕の彼女は次長のお家にシッターボランティアとして乗り込んでるんですよ。自分も結構仕事忙しいくせに。だから僕もなんかお手伝い出来れば良いな、って思ったんです」

飯嶌さんは時折面倒な言い回しをするけれど、本当に優しい人だと思う。

「私達が出来ることは、仕事で最大のサポートをすることですよ!」

そう釘を刺すと飯嶌さんはテヘっと笑い、承認待ち案件のカテゴリ分けに手を動かした。

「飯嶌さん…あの」
「ん? なんでしょうか?」

飯嶌さんは手を止めずに顔だけこちらに向けた。

「飯嶌さんは次長と仲良しですし…次長のお話を聞いてあげることは出来ないでしょうか」
「僕が、ですか?」
「たまに私のこと食事に誘ってくれるみたいに、次長のこと…」

飯嶌さんは唇を突き出してう~ん、と考えた。

「声かけてみます。確かに僕も前に次長のサンドバッグになったことありますから」

サンドバッグか…羨ましいと思った。
けれどそれは飯嶌さんだから出来ること。

「私もさっき、仕事のことだったらもっと私達に振ってくださいってお話したんですけれど、それ以外のことだったら飯嶌さんしか受け止められなさそうですから」
「えぇっと、次長クラスの仕事が降りかかるとそれはそれで僕は困りますが、話は聞いてきてみます!」
「お願いします…」

それで野島次長が、普段通りに戻ってくれれば良いのだけれど…。

そうこう話しているうちに自席に戻った次長はこちらに目をくれることもなく、PCを抱えて再びどこかへ行ってしまった。
予定を見ると、この後は打ち合わせが立て込んでいる。

あんな状態で…本気で心配になった。
そんな様子の私を見て飯嶌さんは「僕にお任せください」と笑った。

あの人がつらそうにしているだけで、私も身が切れるようにつらくなる。
あそこまでの姿は見たことがなかったから、余計に戸惑った。

余計なお世話でもあるし、私の幼稚な妬きもちでもあったが、次長のことは飯嶌さんにお任せして、私は気がかりになっている女子学生について個人的に調べることにした。



#22へつづく

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