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【掌編】There Is A Light That Never Goes Out
本作は連載小説『あおい みどり』の番外編です。本編・短編と設定は少々変えております。大人向けストーリーです。BL要素ありますので苦手な方はご遠慮ください。
表題の曲を聴いて思いついたままに書いています。
偶然にも、カーラジオから微かに聞こえてきたのは、The Smithの『There Is A Light That Never Goes Out』だった。“決して消えない光” という力強いタイトルとは裏腹な、ナイーブで気怠い歌だ。
俺は恋人の秋人が運転する車の助手席にいる。真夜中のハイウェイを南下しているところだ。
明確な目的地に向かっているのかはわからない。
都心では霙混じりだったのに、離れていくにつれて白さがはっきりしてくる。忙しないワイパー。
そうだな、俺も思うよ。
このまま対向車線からスリップした大型トラックがはみ出てきて、正面衝突しないかって。
スクラップされても、秋人と一緒に逝けるのなら最高だ。
結ばれない恋ならば、なおさら。様にもなるだろ?
雪の中散っていく俺たちなんてさ。
滅びるのは身体、借り物のこの身体。
身体が朽ちてこそ、俺たちは昇華するんだ。
真面目に考えてんだよ。
「蒼」
ハンドルを握る手を真っ直ぐ伸ばし、正面を見据えたまま秋人は少し掠れた声で俺を呼んだ。けれど続きはない。
「何だよ…」
「いや…」
「なぁ秋人…どこへ行くつもり?」
「…わからない」
秋人は少し不機嫌に見えた。無理やり連れ出したのは秋人の方なのに。
俺は自宅で親父に殴られ、殴り返して、親父のやつ娘に対してボコボコにしやがって、それで俺は家を飛び出した。
気温一桁の寒い夜だった。既に雨が降っていたかどうかもわからない。上着も羽織らず、真っ先に向かったところは、俺たちの担当医だった南條秋人の元だ。
玄関のドアを叩く。腫れあがった俺の顔を見て顔面蒼白になった秋人は、俺を車に乗せ病院へ運んだ。
その後は家まで送り返されるのかと思いきや、何も言わぬままハイウェイにのった。
道路を照らす灯りが、追い越す車のテイルランプが、対向車のヘッドライトが雪を反射しプリズムのように車内を照らす。曖昧な俺たちは決して一筋の強い光ではない。
「…殴り合いになった理由、訊かないのかよ」
「守ろうとした。そうだろう?」
光と影が交互に彩る秋人の横顔は、冷たい輝きを伴う非常な美しさがあった。
「翠さんを」
翠とは、秋人が好きな女だ。彼女はこの身体の持ち主。
俺は翠のもう一つの人格に過ぎない。
けれど翠はもうしばらく表に出て来ていない。理由は仕事のこと、家族のことなど、秋人のことなど色々あり、俺を隠れ蓑にしてる。
その方が都合が良かった。だって俺は、秋人のこと好きだから。
俺が “蒼として” 秋人に『付き合ってくれ』とお願いした時、彼は戸惑いながらもOKしてくれた。
俺も薄々わかっててお願いしたんだ。本当は俺の奥にいる翠のことを想っているってことを。本人はそんなこと口にしたりしないが。
翠は翠で、秋人のこと好きなくせに踏み出せない。自分は大切なものをぶち壊す性分があるから。
翠は不思議な存在だ。妹のようで、一心同体のようで、恋敵である。
「でも今の今、翠を守っているのは秋人の方だ」
「…」
「家には連れて帰らない。危険な場所だから。そうだろ?」
「翠さんは…今どうしてる?」
「相変わらず引っ込んだままだよ。音沙汰ない」
「殴り合いをしている最中も?」
「俺だって必死だったんだぞ!? 翠がどうしてるかなんて考えてないよ!」
ったく、俺のことは本気でどうでもいいのかよ。俺より翠の方が大事…まぁ、そうだよな。
ため息をつくと秋人は小声で「…ごめん」と言った。
「翠のやつ、秋人がここまで心配してんのにシカトこいてる神経も信じらんねぇけどな、俺に言わせれば」
「いいんだよ」
秋人は前を向いたまま笑みを浮かべた。いつもの菩薩のように優しい笑みだが、寂しさを湛えた、恐ろしい笑顔にも見えた。それが彼自身の最大の愛の証であるかのように。
車は流れに従うようにジャンクションを右に折れ、西に向かって走っていた。
「どこへ向かっているんだろうな」
独り言のように秋人は呟く。
「僕も自分で何がしたいのかわからない」
遠く真っ直ぐ前を見つめる秋人の横顔を、俺はただ見惚れていた。
どんなに寂しく哀しくても、この男は美しい。
やがて道の両脇にラブホテルの連なりが見えてくる。けばやかしい城のようだったり、古めかしい昭和のロマンだったり。
すると秋人はウインカーを出し、高速出口へ向かう。そのまま降りるとUターンし、先ほど見えたホテル街に向かった。無言のまま。
うらぶれたホテルの一室。寂しさと虚しさでいっぱいの部屋。暖房の乾燥しきった風が、暖かいのに深い極まりない。
秋人はベッドに腰掛け、ため息を一つ、ついた。
「秋人…」
立ち尽くしたまま呟いた俺に切ない目を向けたかと思うと、俺の腕を強く引いてベッドに押し倒した。
と、思えば、湿布の貼られた俺の頬を労るように手で触れ、両手で包み込んだ。
そして慈悲深い顔で俺を見つめる。俺たちが大好きな、美しい秋人の顔。
やがて温かい唇が重なると、口づけはすぐに激しさを増す。
秋人の愛の緩急は、いつも俺の心をズタズタにする。
秋人はいつも翠を想いながら、俺を抱く。
俺は秋人が翠のこと好きなの知ってて抱かれる。
翠は秋人に愛される事を怖れながら、俺たちが抱き合うのを何処かで見ている。
行為中秋人は俺の名も、翠の名も、呼ばない。
愛の言葉を囁くこともしない。
俺はそれでも悦ぶ。
段々と、色んな事がどうでもよくなる。
溶けちゃうんだよ。身体も、頭の中もドロドログニャグニャになってさ。あぁもう俺、こいつの腕の中でどうなってもいいやって毎回思うんだよ。
眉間に皺を寄せて汗を絡ませる秋人の目が、俺の奥の翠を見ているんだとしてもさ。どうでもよくなる。
身体は女、でも俺は俺。感じるのは脳髄だから。
誰も何も満たされやしないのに。
滑稽。
今夜も行き着く果てはそんなものなのかもしれない。
プリズムのように、開いたり閉じたり。曖昧な光。
けれど決して消えない、光。
Merry Christmas my dear…
END
There Is A Light That Never Goes Out
- Noel Gallagher Ver.
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