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あなたがそばにいれば #Epilogue


白いベッドの上に、静かに横たわっている。
側には大量の計器が光り、そこに繋がれている。
彼の魂は今、どこを彷徨っているのか。

「2人だけにさせて」

そうお願いして、皆には出て行ってもらった。


やつれて、疲れ切った顔。
前髪と頬にそっと触れると、涙が零れた。

どうしてこんなことになるまで、あなたはひとりで抱え込んだの?
いつでも私がそばにいるって、あれだけ言ったのに。

離さない、離れないでって、あなたも取り憑かれたように何度も言っていたのに。
どんなに身体を重ねても、心は重なり合っていなかったの?


あなたが畏れていたものの正体は今、私の知るところとなった。
救急搬送されたと連絡を受けて駆けつけた時、青ざめた顔をしてあなたの横たわる姿を茫然と見つめていた青年…。

でもあなたがこんなにボロボロになってしまっては、私を守ることにならないでしょう?

「もういいんだよ。苦しまないでいいんだよ。あとはあなたの口から全て吐き出して楽になったらいいよ。私はどこへも行かない。あなたのそばにいるって誓ったのは嘘じゃないから」

その前髪を撫でながら眠るあなたにそう声をかける。

身体にも心にもぽっかりと空いた穴を埋めてあげないといけない。


眠る顔。
美しい。
どんなに疲れていても、どんなに老いても、どんなに心病んでも
あなたは美しい。


* * *

目覚める気配がないまま夜が明けた。
私の心がだんだん麻痺してくる。

世界はまた朝を迎えているというのに、
どうして今ここにいるのかわからない。
あなたがどうしてこんな姿でいるのかわからない。
朝を迎えることが希望の全てではないことを知る。

あなたがいれば、この世の全てが煌めきに満ちる。
けれど
あなたのいない世界は、何の色もない、何の光もない。
無味で、無臭で、暖かくも冷たくもない。
死ぬって、そういうことよね。
あなたがいなければ、私の命を失ったも同じ。

子どもたちだけが、命を繋いでいる。
あなたとわたし、の2人の子どもたち。
全ての運命を受け継いで生きていく、子どもたち。


私はただ見つめる。
彼の美しい顔を見つめる。
今どこを彷徨っているの?
もう還ってきて。
本当の意味で、還ってきて。


眉間に小さく皺が寄ったのを見て、そっと額に触れる。

どうかいつものように悪夢は見ていないでいて、と祈る。

愛する人のために祈る。
それぞれの環境でもみんながきっと祈っている。

あなたは、多くの人に愛されている。
そばにいたい、いて欲しいって、誰もが思っているのよ。
あなたの目が覚めるのを待っているのよ。

それでも悪魔が彷徨う微睡から醒ますように、苦しそうな眉間に口づける。


睫毛が震える。

ゆっくりと瞳が開く。


「遼太郎さん」

少し視線が泳いだ後、私を捉えた。

「夏希…」

酸素マスクの下でくぐもり、聞き取れないほど小さな声で私の名前を呟く。
その瞳から涙がひとしずく、零れ落ちた。


そうやって、目覚めた時にいつでも私がいるから。
あなたの瞳に映る私は、あなただけの私だから。
私はどこにもいかない。

だからあなたも、もう何も恐れないで。

ただ、私のそばにいてー。



FIN

※続編があります。続編というか、裏面というか表面の話。
「運命の扉 宿命の旋律」をアップしていきます。

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