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【連載小説】奴隷と女神 #13

※ご注意※
今回も官能描写が多いです。苦手な方はご遠慮ください。

そうして響介さんとは週に1~2度会うようになり、外で食事をした後は私の部屋を訪れた。

響介さんは自分のどんな仕草が私を落とすかよくわかっていたと思う。
私の部屋に向かうタクシーの中でネクタイを緩める、シャツのボタンを一つ外す、わずかに小さく息をつく…。

そんな一連の所作が私の身体に火を付ける。それを察しているのか一瞬私を見、ゆっくりとまばたきをして、フッと笑顔を浮かべる。
すると私の心も身体も準備が整う。

相当慣れているんだろうな、女の人の扱いに。
顔付きは温和そうだけど服装は黒スーツだし、こういう人が遊んでいるんだろうなっていうか。

そんなことわかっているけど。
私はまさにそんな彼にズブズブと落ちていった。
自分がこんなに簡単に不倫に陥るなんて、ちょっと驚く。

何がそうさせた?
記憶を巻き戻してみても、途中で霧がかかったように消えてしまう。
はっきりとあるのは、どうしようもなくこの人が好きだということ。

ただ、それだけ。

お腹も満たされているしお酒も入っているから、部屋に入ったらそのままベッドに…『UN JARDIN SUR LE NILナイルの庭』に直行すれば完璧だった。

もちろん香りが彼に移ってはいけないから、肌にはつけない。
それでも彼がこの香りに包まれて私を抱きたいと言うから、お皿に置いた小さなアメジストの上に垂らし、枕元に置いた。

私の思い描いた通り彼は鮮やかに、そして荒々しく私のUN JARDIN SUR LE NILナイルの庭に踏み入れた。

私が響介さんのネクタイを外し、シャツのボタンを外す。もどかしさが伝わると彼はクスっと笑う。
顕になった彼の胸に鼻をつけ微かに残るあの香りを嗅ぎ、そして舌を這わせる。

身体の相性は良かった。

それまで付き合ってきた人たちとは正直、あまりセックスで満たされることはなかった。
彼氏だからそれでも仕方がないと思っていたし、身体の相性が合うなんてどうしたって無理だと思っていた。
男は女のことわからないし、女だって男のことわからない。
だから自己満足と演技がつきまとう、と。

けれど響介さんは…それを覆した。

彼に抱かれる時、堰が切れてまるで発情期の猫のように声をあげた。
恥ずかしげもなく、感じるがままに。

そこに演技は一切なかった。こんな私は初めてだ。

小桃李ことりって、そんなにかわいい声出すんだ』

響介さんからそんな風に言われることも、この上なく気持ちが良かった。
どう思われるか気にせず、感じたままを晒せるなんて、して欲しいことも恥ずかしげもなくお願い出来るなんて、不思議だった。

『小桃李ってバランス良く引き締まった身体してるよね。何かやってるの?』
『学生時代はラクロスやってましたけど、卒業してからは何も…』
『へぇ。それでこんなキープしてるなんてすごいな』

そう言って改めてじっと見下ろされると、耐えきれなくなり顔を逸らす。
それを見て響介さんはぎゅっとハグをする。

『小さくてかわいくて本当に小鳥のようだな。お願いだから羽ばたいて逃げていかないで』
『逃げられるわけないです。むしろ気付いたらいなくなってしまうのは響介さんの方じゃないんですか?』

羽根ごと身体をあなたに強く摑まれているのだから。
いえ、捕まえていてと望んでいるのだから。

『僕だって逃げられそうにないよ。こんなに締め付けられていたら』
『…』

私も無意識に、あなたのこと強く摑んでいる。

響介さんと出会えたことはこれだけでも奇跡だった。

* * *

「これ、置いていっていい?」

ある日、ベッドの上で響介さんはそう言ってゴムの箱を見せた。

「はい、いいですよ」
「友達とかよく部屋に来るの?」
「そんなことないです。ベッドの近くの、使いやすそうなところに置いてくれていいです」

彼は箱をベッドの頭側にある小さな棚の中に入れながら言った。

「使ってもいいよ」
「…何にですか?」

訝しい顔をして私は問う。

「彼氏とか」

その答えに瞬間的にカッとなった。
なんてこと言うの?

でもすぐに悲しくなる。
そうか、この人は彼氏なわけじゃないんだって。自分は彼氏と思っていないからこんなこと言えるんだって。
やっぱりただの遊びの対象なんだよねって、思わされた。

私は唇を噛み締めて顔を背けた。
響介さんはすぐに「ごめん、冗談だよ」と謝ったけれど、私は顔を背けたまま、許さないふりをした。

「小桃李」

泣きそうだった。呼ばれても無視をした。

「小桃李、ごめん。気に障ったんだよね?」

そう言って私の頭を撫でようとしたが、それを振り払った。

「冗談じゃなくて、間違ってるわけでもないです。響介さんは私の彼氏じゃないんですから。むしろいつか私とのこと全部冗談にするつもりなんですよね」

そう言ってしまったら彼も一瞬凍りつき、困惑した表情を浮かべ、身体を離そうとした。
私は彼の両肩を摑んだ。

「離れないで、響介」

見つめながら涙が溢れてしまう。

「響介、好き。大好き。響介のことだけが好き。他の誰のものにもならない。私は響介だけのもの」

彼の瞳が、悲しく揺れる。

「僕も…小桃李のこと大好きだよ」

それでも小桃李「だけが」とは言ってくれない。
当たり前だよね。
ねぇ、そんな風に「大好きだよ」って囁く相手って、私以外にあとどれくらいいるの?

でもそんなことを言ったらまたこじれてしまう。
言えない言葉を喉の奥に詰まらせ、私は泣き叫びたい気持ちを堪える。

「そんなに嫌だった? ごめん。もう言わないから、泣かないでくれよ」

私の涙を指で払って、彼はこれまでで一番ゆっくりと優しく私の中に入ってきた。

「響介…、好き…好きだよ…」

徐々に彼の動きが深さを増す。一番奥まで届いているのに、更に腰を押し当ててくる。
私は彼の背中に指を立てて声を挙げる。

そうして彼が動く度にたまらなくなって、何度も「好き」が口をついてしまう。

「だめ。もう壊れちゃう」
「…壊したい」

響介さんがそう耳元で囁き、小さく呻くような声を漏らす。
一層激しく腰を打ち付け、私は弓なりに仰け反り身体を震わせながら叫び声を上げる。

そして彼の動きが止まり微かに震えると私の上に倒れ込む。
汗をかいた肌同士が重なり、愛しさで彼の髪をくしゃくしゃに掻き回すと、上がった息のまま彼は微笑んだ。

美しい笑顔。それでさえもまた溶けてしまいそう。

彼の汗に混じって香る『ENDYMION』の甘い甘いオリエンタルな香りも、麻薬のように私の脳内へ染み渡った。

溶けた脳も身体も、全て彼の支配下にある。

私はどんどん、囚われていく。




#14へつづく

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