【連載小説】明日なき暴走の果てに 第2章 #6
遼太郎は朝早く、グランヴィアのふかふかのベッドで目を覚ました。
5:30。
ベッドに入ったまま正宗に電話を掛ける。
『なんや遼太郎…お前は坊さんか』
寝起き声で正宗が応答すると、遼太郎はホッと胸を撫で下ろした。
「朝飯食いに来いって話を昨夜しただろう?」
「お前、本気で言うとんのか」
「覚えてたか」
「お前、そんなに俺と一緒に飯食いたいんか。しゃーないな。ほな待っとって」
電話が切れると遼太郎も飛び起きてシャワールームに向かった。
7時にロビーに降りると、既に正宗が待っていた。
「お前朝めっちゃ早すぎやで」
その割には無精髭も剃られ、さっぱりとした顔をしている。
「朝飯なんだから朝早いのは当たり前だろ」
2人は洋食のレストランに入った。ホテルの朝食らしく "バイキング" を楽しむためだ。
正宗は子供のようにあれもこれも皿に載せるので、遼太郎も呆れて笑った。
「節操なさすぎだろ」
「貧乏性だからつい、な」
正宗はペロッと舌を出し、旨そうにパクパク食べだした。
「ずっと和食続いたしな。たまにはこういう飯もえぇもんや」
「そう思って誘ったんだ」
「さすがやな遼太郎」
ニヤリと笑ってまた食べ、すぐにお替りをしに席を立った。
「お前、昨日あれだけ呑んで酔っ払ったくせに、朝からよく食うな」
「なんや、ビュッフェに誘っておいて矛盾したこと言いよって」
遼太郎は食事を取りに行くその後姿を眺めた後、窓の外に目をやり、昨夜の不安は杞憂に終わるのか、と考えた。
純粋に急に思い出し、急に会いたくなり、呼び出す…。
人生で衝撃的な事実を知ってしまった。誰か頼りたい。衝撃を緩和してくれるような誰か…。
それが学生時代に似たような境遇で妙に仲良くなった、奇妙な男…俺。
アイツに会えば、まぁ少しは気が紛れるか。
そんな流れは、別におかしなことでもない。
「俺の考え過ぎ…か」
それでも昨夜の正宗の『告白』は、相当なショックだったはずだ。
俺はどうするべきなのか。
昨日話せなかった俺の『秘密』も、打ち明けるべきか、対等に。
今日のどこかなら話してもいいかな、と遼太郎はぼんやり考えた。
正宗は2回目もたんまりと盛り、旨そうに食べている。デザート、フルーツも盛ってきて、遼太郎の間に置いた。遼太郎はフルーツを手にする。
「朝からその食欲、羨ましいな」
「昼の分までいただくんや。そや、何時の新幹線なん? 帰りは」
「14:21だ」
「なんや昼過ぎまでおるんか。ほなこの後伏見でも行こか。お稲荷さん行って飯食って…ちょうどえぇくらいちゃうかな」
「まだ案内してくれるのか?」
「当たり前やろ。そもそもこんな朝も早うから呼び出しておいて」
「嬉しいくせにぃー」
へへっ、と正宗は笑った。
「ほな食べ終わったら俺はロビーで待ってるさかい、チェックアウトの準備ができたら降りてきてな。伏見案内するわ」
こうして京都旅行の最終日は伏見稲荷を詣でることになった。
京都駅からJR奈良線で2駅。稲荷駅で降りれば目の前が伏見稲荷大社である。
壮観な千本鳥居で有名だ。千本とは言うものの、実際には1万基近くあるとのことだ。
時間と体力の関係上、奥の社までは行かなかったが、見事な朱の鳥居のトンネルは観光欲を満たすのに十分だった。
それでも流石に空腹とは言えなさそうな正宗が「昼は軽く食べて呑めるとこがえぇな」と蕎麦屋に入った。
蕎麦がきとまた、日本酒である。
「伏見は京都で一番酒蔵が集まってるエリアなんやで」
「するとお前の実家も伏見なのか」
「そやな。もうちょっと下がったとこやけどな」
遼太郎は正宗の表情を注視したが、特段心配するような変化は見られなかった。
だからと言って「寄っていくか」とも言えず、黙った。
「…懐かしいか?」
「そらぁそやろ。遼太郎おらんかったら来ぃひんかった」
「そうか…」
遼太郎は自分の『秘密』を打ち明けるか逡巡した。
しかし
「まぁ家は弟たちがよろしくやってくれるしな。おかんも俺のことはきっともう顔も見たない思うてるはずや。"忘れたい過去" ちゅうやつやな」
正宗のその言葉に、『秘密』はついに引っ込めてしまった。
* * *
正宗は新幹線のホームまで見送りに来た。
駅中の土産屋の物色もむしろ遼太郎より熱心だった。あれもこれも抱えては「家族に、同僚に、近所の人に」と遼太郎に渡した。
「あっつ暑な京都とやっとおさらばやな」
「思ったけど、最近は東京の暑さの方がムッとこもる気がするな。コンクリートやアスファルトが蓄積した熱っていうか…」
「それはあるやろな。東京湾沿いに立ち並ぶホテルのせいで風が抜けない聞いたで。まぁ東京ならではの "性" やろうけどな。でもこの3日間はたまたまやで。京都の夏はこんなもんやない。遼太郎、ほんまにおてんとさんまで味方につけおって、さすがや」
やがて遼太郎の乗る新幹線が近づくアナウンスが流れた。
「これに懲りずにまた京都来てや」
「お前も東京に来いって」
「わかったわかった」
電車がホームに滑り込み減速していく。
「何度も言うけど、ほんまありがとな、遼太郎」
「俺も。3日間十分もてなしてくれてありがとう」
ホームドアが開き、遼太郎は乗り込んだ。交わした握手、発車のベルが響く。
その手を離した時。
正宗の表情が一瞬、無になる。
「…おい」
ドアが閉まる。正宗は再び笑顔を浮かべていた。
「正宗…」
走り出す電車。正宗から再び笑顔が消え、ひどく落胆したように見えた。
しかしその姿はすぐに見えなくなる。
何となく嫌な後味だ、と遼太郎は感じながらも席に着いた。
別れ際の寂しさだよ、誰でもあるだろう?
それはそうかもしれない。
しかし。
昨夜感じた不穏・不安が再び遼太郎の胸中を襲う。
名古屋で引き返そうかとも考えた。さすがに大袈裟か。
メッセージアプリを開く。
けれどそれも、東京駅に着いてからでもいいかと思う。何と打ったらいいのかわからない。
そのうち肉体的な疲労から、東京駅に着くまで眠りに落ちた。
* * *
東京駅ですぐに着いた旨を正宗にメッセージする。既読はすぐには付かなかった。
焦るな、と自分の心に言い聞かせる。
しかし家に着く頃になっても既読は付かず、更に追いメッセージを送る。
22時近くになってようやく返信が来た。
単なる寝落ちと知って、遼太郎も安心した。
3日間の礼を改めて述べ、遼太郎も眠りに就いた。
第3章#1 へつづく
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