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【連載小説】明日なき暴走の果てに 第3章 #1

それからの遼太郎はそれなりに忙しい日々に流された。

自身の仕事もそうだが、この春から妻の夏希は時短で職場復帰をしていたし、家にいれば長女の梨沙は何かと弟の蓮に喧嘩をしかける。蓮はまだ1歳なのだから、そんなことをされても相手にもならないのに。
母親に叱られる梨沙はすぐに遼太郎の元に来て泣きつく。
それなりに賑やかで慌ただしい日常生活だ。

結局お盆の期間に休みが取れなかった遼太郎だったが、夕食を家で取っている時にTVのニュースで流れてきた映像にハッとした。

「あ、五山送り火…今日だったか」
「遼太郎さんもお友達に会うのが1ヶ月遅かったら観れたかもね」

妻も画面を見ながらそう声を掛ける。

「うん、送り火の時に家族連れて遊びに来いとか言っててさ。まぁ半分冗談だと思うけど、夏希にも子供たちにも会いたいって言って」

食事の後、遼太郎は正宗の携帯に電話を掛けたが『電波の届かないところにいるか電源が入っていないため、掛かりません』のアナウンスが流れた。

その時はどこか人混みに紛れて送り火でも観に行っているのだろう、くらいに思っていた。
もしかしたら「来い言うたのに来いひんかったな」と文句の電話でも掛かってくるだろう、くらいに思っていた。

しかし翌日になってもそんな連絡は来ず、こちらから掛けても相変わらずのアナウンスが流れるばかりだった。

「充電切れていることに気づいていないのか?」

あり得ない話でもない。仕事が夏休みなら他に誰かと連絡を取るような相手はいないだろうと思われた。
仕方ないと思いながらも、どこか不穏な黒い靄が遼太郎の胸をよぎる。


そうして3日経っても4日経っても、正宗の携帯の呼び出し音は鳴らなかった。
さすがにおかしいと思い始める。

京都駅のホームで自分を見送った正宗の、名残惜しそうな顔を思い出す。

「正宗…、まさか…!」

遼太郎は仕事を早く切り上げ東京駅へ向かった。
京都行きの新幹線のチケットを購入すると家に電話をし、急用が出来た旨を妻に伝えた。

新幹線の中からも電話をかけ続けるが、一向に呼び出し音は鳴らない。
遼太郎は焦燥感で悶そうになった。

「頼む…何事もなくいてくれ…」

祈る他、なかった。

* * *

京都駅に降り立つと、1ヶ月前から更に蒸し暑さが増し一気に汗が吹き出た。
正宗が言った通り自分が訪れた時は "ラッキー" な気候だったようだが、それよりも焦りで頭だけはキンと醒めるようだった。

駅前のタクシー乗り場から乗車し、住所を告げる。
碁盤の目の京都の街を左に、右に、正確に曲がり進んでいく。

タクシーを降りてからは細い路地を正宗のアパート目指して走った。
2階の、真ん中の部屋。

ドアが開いている。

恐る恐る中を覗くと、ガランとしていた。
家具は一切なく、畳も上がっていた。

「な…?」

内装工事業者と思われる人が中に1人おりその人物と目が合うが、特に言葉はない。

「あの…」

遼太郎の方から声を掛ける。業者は無言で顔を上げ遼太郎を見た。

「この部屋に住んでいた柳田さんは…」

名前を出すと業者は眉を下げ、帽子を取って頭を下げた。

「こちらにお住まいだった方は、お亡くなりになられました」







耳を疑った。

「亡くなった?」
「お知り合いの方ですか」
「はい…友人です」

業者が言うには、特殊清掃が入ったとのことだった。
発見が少し遅れただけで、夏場は腐敗が進む。更に正宗はクーラーを嫌っていた。

「どうして亡くなったのか、ご存知ですか」

遼太郎は業者に尋ねた。業者は遼太郎の頭から足元までつと見てから、教えてくれた。

「縊死だそうです」


遼太郎は胸をえぐられるような強い衝撃を受けた。震える声で続ける。

「いつですか」
「特殊清掃がこちらに入った時は死後5日程と伺いました」

そうするとお盆の少し前くらいだろうか。

遼太郎の表情を見て業者は「お悔やみ申し上げます」と再び頭を下げた。

礼を言ってアパートを離れたが、衝撃が強すぎてまだ何が起こっているのか、よくわからずにいた。

帰る家がないと言っていた正宗。
今、どこにいるのだ。

「正宗の実家…なんて言う酒造だ…?」

そこまで正宗の口から聞いたことがなかったことに気づき、ネットで調べた。伏見にある酒造。
ただ "柳田" という名前の酒造はない。
更に調べを進めると、杜氏の名前に『柳田』の名がある酒造があった。
そこへ電話を掛けてみる。

男性が出た。

「こちら、柳田正宗さんのご実家でよろしかったでしょうか」

そう尋ねると相手は声を一瞬詰まらせ『正宗はこの家の者ではありまへん』と答えた。
正宗は、という辺り遼太郎の読みは当たったと見える。

「僕は正宗さんの大学時代の友人なんです。彼の消息を知りたいのです」
『もうおりまへん。存じ上げまへん』

若干震えながらも突き放すように相手は答えた。

「亡くなられたと聞いたのです。そちらに何も連絡は入っていないのですか?」

再び声に詰まった電話の相手は、受話器を抑えて何か話し合っている様子が聞こえた。
やがて別の男の声がした。

『正宗の大学時代のご友人ですか』
「そうです。正宗さんが亡くなられたと伺って…そちらに戻っておりませんか?」
『正宗はこちらにはおりません』
「そんな…どこにいるんです」
『区役所におると思います』

そう言って電話は切られた。


区役所?

そんなことがあるか!?
家があるのに引き取られず、無縁仏のようになっているということか?

遼太郎は急いで区役所に電話を掛けたが18時を回っているためかサービス時間外のアナウンスが流れた。思わず舌打ちをする。

「正宗…」

呼吸が浅くなり足がガタガタと震え出す。やがてそれは全身を襲った。
目眩がし、頭を抑えてその場にうずくまった。

とにかく明日、確認をしなければ。
一人ぼっちにさせておくわけにはいかない。

遼太郎は翌日も会社を休むことにし、今晩は京都に泊まることにした。
妻に連絡を入れる。

『仕事のトラブルか何か?』

妻は尋ねる。何と答えよう。

「ちょっとな…」
『遼太郎さん、声が変。何かあったの?』
「帰ったら話すよ…ごめん」

そう言って電話を切った。

とりあえず宿を取らなければ。

『グランヴィアのふっかふかのベッドだとよう眠れたやろ』

正宗の無邪気な声が甦る。グランヴィアを予約した。

部屋に入りベッドに腰を下ろし、両手で顔を覆う。
食事は摂れそうにない。部屋に置かれているペットボトルの水を一口飲む。

噓だろ? 夢だろ? なにかの間違いだろ?

遼太郎は正宗の携帯に電話を掛ける。しかし同じアナウンスが繰り返されるだけだった。

カメラロールにはつい先日、清水の舞台で2人で撮った写真がある。

大の男がセルフィにはしゃぎ、2人とも大学時代を彷彿とさせるような無邪気な笑顔で写っている。

「嘘だろ…? だってお前…正宗…お前…」

やがて滲んで見えなくなる、2人の笑顔。





第3章#2 へつづく

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