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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #10

僕は風邪を引いた。
寒空の下、2時間近く大した上着も着ずにいたのだから当たり前か。

ちょっとだけ熱が出て、会社を休んで僕は眠っていた。

そこでワルシャワの夢を見た。

僕はワジェンキ公園でピアノを弾いている。もちろんショパンの『英雄ポロネーズ』だ。
父が芝生に寝転んで聴いている。いや、ただ寝ているのかもしれない。とても気持ちよさそうにしている。
だから僕も得意げになって弾く。

曲が終わりポーランド人の観客たちが拍手をくれる中、ふと父の方を見ると、そこにもう姿はなかった。

慌てて芝生へ駆け出す。今までいた観客も煙のように消え、誰もいなくなった。

夏の日差しと、乾いた青空と、風に揺れる木々のざわめきだけ、残っていた。


ハッと目を開き夢だとわかり安堵するも、父のことが気になりだした。
これと似たようなシチュエーションがあった。
僕が大学3年の時に受けたピアノコンクールの時だ。

弾き終えた僕が立ち上がり拍手に応えていた時に、ホール後方にある出入口の側に立っていた男性が目に入った。
目が合ったように思った瞬間、彼は出ていってしまった。
僕はすぐに追いかけたが、会場の外を見回しても、もうどこにもその姿はなかった。

以降4年間、全く音沙汰がなくなる。
今年の始め、僕宛にワルシャワへの招待状が届くまでは。

どうしていなくなってしまう夢なんか見たんだろう。

時計を見ると午後2時だった。頭の中で8つ遅らせる癖がついている。これが夏場なら7つなんだ。
とにかく、ベルリンは朝6時だ。父は目覚めた頃くらいかもしれない。メッセージを送る。

そっちはいま早朝だよね。ベルリンはもう寒いの?

どうでもいい話だし、そんなことネットで調べればすぐにわかる。
起きてないのか、すぐに既読が付かなかった。
不安になる。

こっちは寒くなってきたよ。僕は昨夜、どういうわけか薄着でずっと外にいて風邪引いて、会社休んで寝てる。

再びどうでもいいメッセージを送る。やはり既読は付かなかった。

「ちゃんと生きてるよね…?」

思わず独り言を呟く。そんなことを考えだしたら、離れて暮らすことの身が持たない。

僕は起き上がり、部屋にある電子ピアノの前に座った。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の第一巻から第一番と第三番を弾いた。気持ちを整える時に昔からよく弾くのだ。

お陰で少し落ち着いた所で一息つくとメッセージの着信があった。父からだ。

子供みたいなことして風邪引くんだな。こちらも既に0度近くまで下がる日がある。こっちでそんなことしたら凍死するぞ。

生きてた。
そしてまるで僕がベルリンに行ってもいいような言いっぷりに驚いた。

僕は思い立ってスマホ用の三脚を取り出し、ピアノの前に据えた。
そうしてもう一度『平均律クラヴィーア曲集第一巻第一番』を弾いた。その動画をクラウドにアップし、URLを父に送った。

しばらくするとまた返事が来て

寝付けない夜にぴったりだな。そういう時に聴かせてもらうよ

と書かれていた。寝付けない夜があるのか。

寝付けない時って、そんなことあるの? どういう時になるの?

けれど既読は付かなかった。

透さんが言った言葉を思い出す。

"川嶋くんの弾く姿を、音を届けたらいいんだよ。(親父さんに)喜ぶことをしてあげたらいいよ"

僕はサティの『ジムノペティ第一番』(心持ちゆっくり目に弾いた)とラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』、そしてドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』を動画撮影し、編集ソフトで曲紹介のキャプションだけ簡単に付け、先程のバッハと一緒にプレイリストにしてクラウドにアップし、そのURLを父に送った。

クラシックなんてよく知らない曲を演奏した方がよっぽど眠くなるかもしれないけれど、父がクラシックに長けていないと話していたからこそ、誰もがよく知っている曲で安心感を得られないかな、という思いがあった。

寝付けないことがあったら、そういう時に良さそうな曲を弾いてみたので、そういう時に聴いてください。

というメッセージを添えて。
既読が付いたかどうかは確認しないように、すぐにメッセージ画面を閉じた。
ちょっと疲れを感じ、再び横になった。

* * *

再び目が覚めるともう暗くなっていて、19時を過ぎていた。
腹も減ったのでインスタントラーメンを食べ、風邪薬を飲む。TVを付けるが楽しめそうな番組もなく、すぐに消した。

ピアノに向かい、最近面白半分で練習を始めたチャイコフスキーの『花のワルツ』のピアノアレンジを弾く。これも有名な曲だから、完成させてさっきのプレイリストに追加しようと考えた。
まぁ、眠れない夜向けではない…か。またの機会にしよう。

昼間たっぷり寝たせいと、ピアノの練習に熱が入り深夜になっていることに気づかなかった。ヘッドフォンを外し一息ついてすっかり放置していたスマホを手にすると、父からメッセージが入っていた。

ベルリンは今18時過ぎだ。

僕はすぐに『通話出来る?』と返信するとすぐに『こっちから掛けるから待って』とレスが来た。





#11へつづく

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。


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