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掌編・短編集

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単発の掌編、短編小説を集めたマガジンです。様々なジャンルを展開します。
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#小説

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・後編

そんな俺も執行役員まで昇り詰めたものの "会社を乗っ取ること" は辞めた。周囲からは「もっと早く独立すると思っていた」「このまま本当に天辺取ると思っていた」と散々言われたが、そういう期待を裏切るのもまた清々しい。 そして退職の日に社長からもらったのが、例の傘。新品をプレゼントされたんじゃない。 『俺の傘だけど、お前にやるよ』そんな感じだった。 * 社長は俺のために、何人かの幹部で簡素な "送別会" を開催してくれた。 肩書の付いたお硬い連中であったため、一次会で退散し

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・前編

“久しぶりにしっかり降ってるな…” タクシーの窓ガラスを伝う雨の雫を見て思う。 最近の都心の雨は梅雨時であっても気づくと傘を畳んでいたり、あるいは真夏のように局地的にザッと降ってカラッと上がってしまう事が多いが、この日は朝から足元で雨が跳ね返るほどの強い降りが続いていた。 沿道には紫陽花が鮮やかに咲き乱れている。子供の頃習ったリトマス試験紙を思い出す。酸性が青、アルカリ性が紫。 しかし最近の紫陽花は子供の頃に見たそれよりも、もっと色鮮やかになっている気がする。真っ青だっ

【掌編小説】同期の2人、2年生

「優吾、俺が今から言うことを鼻の穴かっぽじってよく聞けよ」 「それは聞く耳持たないでいいってことだな?」 「お前、何言ってんだよ」 「お、お前だろうが! お前が何いってんだよ、だよ!」 飯嶌優吾は同期の中澤朔太郎と外回り中によく待ち合わせて一緒にランチを取った。お互いOJTの同行も外れて1人で回ることも多くなった。 間もなく入社2年目を迎えようとしている。 学生時代バスケットボール部で活躍した朔太郎は、今でもボリュームたっぷりの定食が大好きだ。対して優吾は特にこれといった

【短編】カーニバル・後編

伏見稲荷を出て再び電車に乗り、特にあてもなかったので終点・出町柳駅まで出た。 駅を降りれば賀茂川と高野川の交わる鴨川デルタが目の前にある。 賀茂大橋を渡れば京都御所。 ここも正宗と一緒に歩いた所だ。 俺たちは橋は渡らず、土手に降りて川沿いを下っていった。あの時と同じように土手には多くの若者や家族連れがそぞろに歩いたり、等間隔で腰を下ろし和やかな時を過ごしている。 日も傾き始め日差しは緩んだが、まだまだムッとする熱気がこの盆地を包み込んでいる。 「僕もう疲れたよ」 一番

【短編】カーニバル・前編

「京都?」 「うん、子供たちを連れて行きたいと思って」 ドイツに来て2年が過ぎ、家族のビザの関係もあって一度帰国する事にした。 もちろん領事館に行けばわざわざ帰国する必要もないのだが、ちょうど8月。バカンスの時期。 そして、正宗の七周忌だった。 『お前グローバルに活躍してるようやけどな。日本のいいとこも忘れたらアカンで』 娘の梨沙は間もなく8歳、息子の蓮も6歳になった。悪くないタイミングだと思った。 『子供たちに京都見せてやり』 正宗の言葉が事あるごとに去来してい

【短編】文化は違えど炒める飯は世界に存在する

↓こちらの話で登場する同期2人の前日譚 ↓ 同期の中澤は最近韓国語を勉強しているらしい。 他国の言語や文化に関心を持つのは大いに結構な事である。 ただし。 ツールは使い方や使い所を間違えると、とんでもない事になる。 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 僕と中澤は現在入社3年目。 お互い部署は違いながら営業マンであり、外出する機会の多い僕と中澤は時折連絡を取って昼飯を一緒に食べた。 営業と言ってもノルマまみれの物売り営業とは違い、中澤はリサーチやマーケティング、僕は御用聞

【短編】ひとやすみ ~Holiday

こんにちは。飯島優吾です。 ただいま本編(?)でブレイクスルーするために奮闘中ですが、まぁ連休なので、たまには息抜きです。 本編終了後の設定でお話しします。 * * * * * * * * * * 夏の連休。 僕の彼女の美羽は会社での研修に出ていて、そのまま連休に入るから友達と温泉に行ってくるなんて、楽しそうにしてました。 僕とすらまだ温泉旅行なんて行ったことないのに、僕の未来は大丈夫なんだろうか…。 僕は近所に住む上司の野島次長に「一人で寂しいので飯でも食わせて

【掌編】クリスマスだからって言うわけじゃないけど

「じゃ、お先に失礼します!」 部下が笑顔で颯爽と帰っていく。 「クリスマスイブともなると、若い人は帰宅が早いねぇ」 近くにいた中堅社員が、そうぼやいた。 ”そうか、今日はクリスマスイブなのか…” 夏希の顔がよぎり、思わず一人苦笑いする。 そんなイベントに浮かれたりする自分ではなかったはずだ。 定時を過ぎたが、まだしばらく上がれそうにない。 引継ぎを伴った業務整理しかり、師走ともなれば尚更だ。 暫くの間ドキュメント作成に没頭していたが、ふと思い立ち、休憩をするふりをし

【掌編】ある秋の日に

羽田から飛行機が飛び立つ。 若洲の風車が回っている。 ここ数日は天気も悪く、部屋に籠もりがちだった。 しかし休日の今日、束の間の秋晴れ。置き忘れている気持ちを拾いに、いつもの公園へやってきた。 今越えられない距離がある。 心は自由だと言うけれど、飛んではいけない。まるで時が止まっているような気がして焦る。 せめてこの風が、ずっと遠く繋がっているような気がするから、時は流れていると感じられるから、ここへ来た。 今もあの人はあの真っ直ぐな姿勢で、同じように遠く空を見てい

【掌編小説】桃

気になるあの娘を思い出しながら、僕は桃を食べる。 彼女のSNSのアイコンは桃だった。 僕は自分の好きな、いろいろんな果物の話をしたら、 「すみません、桃以外は好きじゃないんです。興味がないんです」 と言った。 そして 「桃だったらお菓子でも大好きです」 なんだそうだ。 面白い子だな、と思った。 彼女は少年のようにひょろっとして、透き通るような白い肌をしていた。 そんな彼女の頬はまさに桃のような色づきだった。 いつもキリッと口許を結んでいて口数は少なく、どこにいても控えめ