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掌編・短編集

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単発の掌編、短編小説を集めたマガジンです。様々なジャンルを展開します。
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記事一覧

【小説】なんてったって、アイドル…?後編

陽菜と稜央は空路で羽田に降り立った。 なにせ母親に内緒で出てきているのだ。日帰りしなければならない。時間節約のために飛行機を選んだ。費用はもちろん稜央が負担している。痛い出費だ。陽菜には出世払いしてもらわないとな…と思いながら、いや本当にアイドルになって稼ぐようになっちゃったらどうなるんだよ、とまたもや複雑な心境になる。 稜央が学生の頃は夜行バスで東京に出てきた。遠距離の彼女に会うため、そして、会ったことのない父親を探すため…。 ブルブルと頭を振って苦い記憶を追いやる。今日

【小説】なんてったって、アイドル…? 前編

「あん? 今、何て言った?」 「K-POPアイドルになろうと思って、と申しました」 二度目はわざと丁寧な言葉で嫌味っぽく言った陽菜だった。稜央はまだ、何を言ってるんだコイツは、という目で妹を見ている。 「えー、ごめん。君は日本人なのにK-POPアイドルになるとは、どういう…」 「お兄ちゃん分かってないね。今はグローバルがスタンダードなんだよ。国籍関係ないの。アイドルになるために韓国に渡る時代だよ。アメリカンドリームならぬ、コリアンドリームなんだから」 それでも稜央は呑み

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・後編

そんな俺も執行役員まで昇り詰めたものの "会社を乗っ取ること" は辞めた。周囲からは「もっと早く独立すると思っていた」「このまま本当に天辺取ると思っていた」と散々言われたが、そういう期待を裏切るのもまた清々しい。 そして退職の日に社長からもらったのが、例の傘。新品をプレゼントされたんじゃない。 『俺の傘だけど、お前にやるよ』そんな感じだった。 * 社長は俺のために、何人かの幹部で簡素な "送別会" を開催してくれた。 肩書の付いたお硬い連中であったため、一次会で退散し

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・前編

“久しぶりにしっかり降ってるな…” タクシーの窓ガラスを伝う雨の雫を見て思う。 最近の都心の雨は梅雨時であっても気づくと傘を畳んでいたり、あるいは真夏のように局地的にザッと降ってカラッと上がってしまう事が多いが、この日は朝から足元で雨が跳ね返るほどの強い降りが続いていた。 沿道には紫陽花が鮮やかに咲き乱れている。子供の頃習ったリトマス試験紙を思い出す。酸性が青、アルカリ性が紫。 しかし最近の紫陽花は子供の頃に見たそれよりも、もっと色鮮やかになっている気がする。真っ青だっ

【掌編小説】同期の2人、2年生

「優吾、俺が今から言うことを鼻の穴かっぽじってよく聞けよ」 「それは聞く耳持たないでいいってことだな?」 「お前、何言ってんだよ」 「お、お前だろうが! お前が何いってんだよ、だよ!」 飯嶌優吾は同期の中澤朔太郎と外回り中によく待ち合わせて一緒にランチを取った。お互いOJTの同行も外れて1人で回ることも多くなった。 間もなく入社2年目を迎えようとしている。 学生時代バスケットボール部で活躍した朔太郎は、今でもボリュームたっぷりの定食が大好きだ。対して優吾は特にこれといった

【短編】It’s a perfect world

ドイツ人男性に囲まれている、小柄な一人の男。 いや、彼自身が決して小柄なわけではない。どうしたって大柄なドイツ人に囲まれたら日本人は小さく見えるだろう。 彼は腕を組み上目遣いでやや口をへの字に曲げ、そんなドイツ人たちの話に耳を傾けている。身体は小さく見えるが、態度は決して小さくない。 話が一通り終わると彼は口角をわずかに上げ、 「OK. Lege gleich los.(すぐに取り掛かろう)」と言うとドイツ人たちも和やかな表情で「Jawohl.(了解)」と答え、解散した

【短編】カーニバル・後編

伏見稲荷を出て再び電車に乗り、特にあてもなかったので終点・出町柳駅まで出た。 駅を降りれば賀茂川と高野川の交わる鴨川デルタが目の前にある。 賀茂大橋を渡れば京都御所。 ここも正宗と一緒に歩いた所だ。 俺たちは橋は渡らず、土手に降りて川沿いを下っていった。あの時と同じように土手には多くの若者や家族連れがそぞろに歩いたり、等間隔で腰を下ろし和やかな時を過ごしている。 日も傾き始め日差しは緩んだが、まだまだムッとする熱気がこの盆地を包み込んでいる。 「僕もう疲れたよ」 一番

【短編】カーニバル・前編

「京都?」 「うん、子供たちを連れて行きたいと思って」 ドイツに来て2年が過ぎ、家族のビザの関係もあって一度帰国する事にした。 もちろん領事館に行けばわざわざ帰国する必要もないのだが、ちょうど8月。バカンスの時期。 そして、正宗の七周忌だった。 『お前グローバルに活躍してるようやけどな。日本のいいとこも忘れたらアカンで』 娘の梨沙は間もなく8歳、息子の蓮も6歳になった。悪くないタイミングだと思った。 『子供たちに京都見せてやり』 正宗の言葉が事あるごとに去来してい

【短編】闇の彼方へ

幼少期 「立ちなさい、遼太郎!」 道場に怒号が響く。 倒れているのはまだほんの子供だ。面で見えないがその顔は真っ赤で今にも泣き出しそうである。 祖父は軍人から警察官になった経緯もあってか武術に精通しており、孫の遼太郎が3歳になるやいなや、こうして近所の道場でほぼ毎日稽古をつけていた。 日常の言葉遣い、姿勢に至るまで厳しい躾を施した。 家の中では絶対に敬語を使わなければならない。来客はもちろん祖父、親戚、両親にまでも。 遼太郎の生家は西日本の片田舎にあった。 広い敷

【短編】狂った一日

7月8日。 思えば狂った一日だった。 そもそも僕が電車に乗る事自体が最近は珍しくなりつつもあったが、それがしかもトラブル収拾のために客先に向かう、という名目だったから、尚更イレギュラーだった。 上司は僕のコミュ障(それは発達障がいに起因し、性格のためではない)を理解してくれているので、最寄駅で営業系の社員を待たせてくれており、そこで落ち合って2人で向うことになっていた。 そして普段全く乗り慣れない路線。通勤ラッシュ時間を避けられたのが幸いだった。 雨だった天気予報は外れ、

【掌編】夢

暗闇だ。 何も見えない。 水が滴る音が微かに聞こえる。足の裏はひんやりと冷たい床に触れている。 ここはどこだ? 右手に何か摑んでいる感触がある。冷たくて硬質なもの。 ナイフだ。 弟から取り上げた物だと直感する。アイツが持っていると自分を傷つけて危ないから。 ナイフの刃は白金に輝いている。 美しい。 闇の中だというのに浮き上がるような輝きを放つ。 あぁ、これは夢の中なんだろう。俺は夢を見ているんだ。 それにしても刃の輝きは美しい。弟の気持ちがほんの少しわかる気がした

【短編】文化は違えど炒める飯は世界に存在する

↓こちらの話で登場する同期2人の前日譚 ↓ 同期の中澤は最近韓国語を勉強しているらしい。 他国の言語や文化に関心を持つのは大いに結構な事である。 ただし。 ツールは使い方や使い所を間違えると、とんでもない事になる。 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 ✍🏻 僕と中澤は現在入社3年目。 お互い部署は違いながら営業マンであり、外出する機会の多い僕と中澤は時折連絡を取って昼飯を一緒に食べた。 営業と言ってもノルマまみれの物売り営業とは違い、中澤はリサーチやマーケティング、僕は御用聞

【短編】ひとやすみ ~Holiday

こんにちは。飯島優吾です。 ただいま本編(?)でブレイクスルーするために奮闘中ですが、まぁ連休なので、たまには息抜きです。 本編終了後の設定でお話しします。 * * * * * * * * * * 夏の連休。 僕の彼女の美羽は会社での研修に出ていて、そのまま連休に入るから友達と温泉に行ってくるなんて、楽しそうにしてました。 僕とすらまだ温泉旅行なんて行ったことないのに、僕の未来は大丈夫なんだろうか…。 僕は近所に住む上司の野島次長に「一人で寂しいので飯でも食わせて

【掌編】クリスマスだからって言うわけじゃないけど

「じゃ、お先に失礼します!」 部下が笑顔で颯爽と帰っていく。 「クリスマスイブともなると、若い人は帰宅が早いねぇ」 近くにいた中堅社員が、そうぼやいた。 ”そうか、今日はクリスマスイブなのか…” 夏希の顔がよぎり、思わず一人苦笑いする。 そんなイベントに浮かれたりする自分ではなかったはずだ。 定時を過ぎたが、まだしばらく上がれそうにない。 引継ぎを伴った業務整理しかり、師走ともなれば尚更だ。 暫くの間ドキュメント作成に没頭していたが、ふと思い立ち、休憩をするふりをし