マガジンのカバー画像

8月の甘い夜【全5話】

5
”残念なイケメン” アラサーサラリーマン・飯嶌優吾が、家の近所で偶然にも会社の同期の上司と会い、家に遊びに行った時の話。 『たしかなことばをつづれ』の野島夫妻が登場します。
運営しているクリエイター

記事一覧

8月の甘い夜 #1

『のこりもの』で恋に奮闘した”残念なイケメン” こと、飯嶌くんがブレイクスルーしていく、その前奏曲(プレリュード)のお話 --------------------------------------- 「あ、落ちましたよ」 スーパーで女性が下げていたトートバッグから財布のような物が落ち、たまたま横にいた僕がそれを拾った。 彼女は妊婦さんのようだった。 「ありがとうございます」 女性はニッコリと微笑んだ。 「夏希、これもいるよね?」 旦那さんらしき男性が缶詰を手にし

8月の甘い夜 #2

「いいお部屋ですね…」 駅からは少し歩くが、そのおかげでとても静かな住宅街の中に野島次長の住まいはあった。 こじんまりとした低層マンションの4階角部屋。 窓が広くて、角部屋なのもあって採光が良さそうだ。 窓際のソファには貫禄のあるグレイの猫が鎮座していた。 「猫飼ってるんですか?」 「預かってるんだ。主が留守の間は」 僕が近づくと『ニャー』と鳴いた。挨拶してくれてるのかな。 まんまるの顔。パチっとしていた目を細めた。 手を伸ばしても動じないので、頭を撫でさせてもらった

8月の甘い夜 #3

早くも奥さんお手製のレモンサワーをお代わりした。 アルコール少な目とはいえ、ほぼ初対面の会社のプチお偉いさんの家なのだから、粗相だけはダメだぞ、と心に言い聞かせる。 「飯嶌は苦手なもの何かあるか?」 「いえ、なんでも良く食べます」 2人はまた笑った。 「若いっていいな」 「お2人だってまだお若いですよね!?」 「飯嶌は朔太郎の同期だと5年目か。育ち盛りだな」 「そういえば私が退職したのは6年目だったわね」 「あ、飯嶌。お前は辞めるなよ。これからだからな」 そう言ってま

8月の甘い夜 #4

奥さんはもらったばかりの誕生日プレゼントを、丁寧に箱にしまい直した。 「ちょっと近所歩く時でもサッと引けるくらい、自然な色ですごく気に入った。ありがとう」 奥さんはすごく嬉しそうに言った。 野島次長も照れを隠すように、僕に話を振ってきた。 「飯嶌から告白したのか、そのスーパーの人に」 「はい、一応…」 「一応?」 「2人で飲みに行くことにこじつけたのは自分からだったんですけど、彼女も僕のこと、気になってたと言われまして…」 奥さんが野島次長に向かって言う。「なんかうちに

8月の甘い夜 #最終話

「もしもし、美羽ちゃん? 今話せる?」 僕は野島次長の家からの帰り道、恋人の美羽に電話をかけた。 『うん。もう家にいるから大丈夫。どうしたの?』 「うん、研修、どうだったかなと思って」 『急にどうしたの?』 彼女の笑う声。 「その…今までなかなか時間が合わなかったから連絡取るのとか遠慮しちゃったんだけどさ、やっぱりその…美羽ちゃんともっと、話がしたいなって思って」 『え…』 「いま実は、会社のお偉いさん…お偉いさんって言ってもそうでもないっていうか、いやそうでもあ