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ライター業をしていて最も腹立たしいのは一線を超えない中傷という話

ライター業は見返りがあるが割に合わない

ライターとしての仕事って、特にスポーツライターや相撲ライターという立場だと割に合わないと感じることが多いです。

以前もお話ししましたが、ライターとしての収入って本当に大したことありません。一つの記事で得られる金額って小遣いレベルで、正直なところ週に5日毎日1本ずつ記事をリリース出来ても本業の収入には及びません。

何度かお話ししていますが、私は本業で外資系IT企業に勤めていますのでライター業は副業という形で行っています。

勿論ライター業というのは非常にやりがいがあるものです。誰もが目にする媒体、特に私の場合は記事が掲載されたら多くの場合ヤフーニュースに転載されるので、それは素直にうれしく思っています。

元々が無料ブログからのスタートですから、そのような場を与えてもらえているということ自体が光栄なことですし、ライターになってからの自分の生活って一変したと感じています。それほど自分を支える大きな自信になっているのです。

ただ、冒頭でも述べたように見返りは少ない。見返りと天秤に掛けるとSNSで言いたい放題言われることなどのストレスは本当に割に合わないとも思います。

ストレスを感じないようにするための工夫はしておりそれほど誹謗中傷の類は目にしなくはなりましたが、ふとした時に目にしてしまうことはあり、メンタルが相対的に弱い私はどうしても落ち込んでしまいます。

そういう意見にはほぼ向き合わなくても良いとは思いますが、向き合わざるを得なくなった時の対処についてもこの数年で対策を編み出しました。

ただ、実はライターとしてストレスになるのは誹謗中傷の類ではなかったりします。

誹謗中傷がそれほどストレスにならない理由

誹謗中傷がそこまでストレスにならない理由。
それは、一線を越えたら出るところに出られるからです。

例えば、先日浦和レッズのサポーターが騒動を起こしたときに記事を書きましたが、その時は久しぶりに多くの批判・中傷を受ける結果となりました。

浦和レッズのサポーターの人は怖いなぁと思いましたが、この時にツイッターを始めとする各種SNSにまで私を追跡してくる方が居ました。

個人メールで口汚く罵ってくる方も居れば、恐ろしいことにLINEに私を友達登録してくるという方も居ました。さすがに身の危険を感じてそのようなメールの送信者は迷惑メール設定を行い、LINEについてはブロックしました。

ただ、彼らから更なる追撃があれば私は証拠を元に訴えれば良いだけです。また、ツイッターなどでは運営元に画面キャプチャなどを行ったうえで報告すれば彼らのアカウントは凍結されることが予想されます。

このような直情型で自分が明確に損をするような行動を抑えきれない方については非常に危険なのですが、ある意味でイージーな相手だと言えます。遅かれ早かれ身の破滅が約束されているからです。

ですから変な話、このような方が多ければ私は可哀そうな被害者として世間にアピールすることすら可能になってしまいます。

私が今回訴えたいのは、本当にライターとして腹立たしい存在は別に居るということなのです。

一線を越えない中傷はSNS上で処分の対象にならない

本当に腹立たしい存在。
それは、一線を越えない範囲で中傷してくる人です。

例えば先日私が相撲ファンの方が応援マナーを守らないことに対して苦言を呈し、相撲協会はルールを守らないファンを出入り禁止にしないから相対的に甘いのではないか?という趣旨のツイートをした際に、サッカーファンと思しき方から「力士の素行をなんとかするべきだ」という主題から完全に外れた内容で私を罵倒するレスポンスが返ってきました。

ただ、これって別にツイッターの方に報告したところで彼を抑制できないわけです。

この趣旨での発言であれば、私を罵ってはいますが特に私が明らかに身の危険に晒されるわけでもなければセクシャルハラスメントをされている訳でもなく、罵倒はしているけどガイドラインに違反はしていないわけです。

つまり、このような発言については止める術がないのです。
彼はその2時間ほど前にとある野球選手のことを「豚」と罵っていましたが、これも同様です。

確かにこのような発言に対して周囲の方が反発したり批判を受けることはあると思います。実際私が同じような発言をすれば立場を失うことになるでしょう。

ただ、このような発言は取り締まることは出来ません。ですから嫌われ者のアカウントとして人にダメージを与え続けられます。

SNSなどで取り締まれるのはあくまでも一線を越えた人だけであって、私のような者に対して口汚く罵ってくる大部分はこのような中傷なのです。言い換えると、このような方が居る限り発信者としては常に中傷の脅威に晒されることになります。

前述の通り私は荒れていることを察したら人の反応を見ないようにしています。ただ、平時については基本的に皆さんからの反応には可能な限り応えていますが、このタイミングで別の話題について中傷されるとどうしても目に入るし、ダメージを受けてしまいます。

彼らは一線を越えなければ取り締まる対象にないことを知ったうえで中傷してきます。実名を出さず、安全圏から自分が傷つくリスクの無い範囲でダメージを与えようとしてくる。普段の社会生活でそれをするとトラブルになることを分かっていながら、SNSでは気に食わない人物に攻撃を仕掛けてくる。

つまり、彼らは小賢しくて小心者なのです。
小心者でなければ実名で同じことが出来ます。
そんな小さな人物に削られることが腹立たしいのです。

考え方を変えるだけで自分の身が守れる

これらの発言まで取り締まりの対象になる日が来たとしたら、SNS上から攻めた言論が消えることは理解しています。

恐らくこれは実名ではないからこそ発生している問題です。取り締まりの対象ではないにしても、実名で野球選手を豚と罵ったとしたらファンが黙ってはいないですし、発言者がダメージを受けることになるからです。

匿名ではないSNSだと抑止力が働く代わりに攻めた言論は失われます。禁句が禁句ではなくなったからこそ建前を重んじるメディアが求心力を失い、SNSに世論がシフトしていることも事実だと思います。そしてその動きが世の中を動かしている訳です。

これは匿名の弊害であり、恐らく私のような者が最もその被害を受ける立場ではあると思います。

自由に何でも発言して良い空間がまだ残されているからこそ、私は匿名でも発言に責任を持ってほしいと考えています。私のようにダメージを受ける方が更に傷つく世の中になれば匿名を規制する動きは生まれることになります。

これは「言論の自由」という綺麗事ではなく、単に自分の発言に責任を持つか否かという趣旨の話です。

ネット上で嫌われ者になることが楽しいという感覚が私には分かりません。ただ、ダメージを与えることに一定の快楽があるのは事実で、だからこそ人は匿名での批判や中傷を止められないということなのだと思います。

現実的に考えると、当分の間私は一線を越えない中傷に悩まされることになると思います。そして私ではない誰かが不幸な行動に出た時に

「そんなつもりは無かった」
「ネット上では何を言っても良いと思っていた」

と自己弁護することになることでしょう。これはいつものことです。

結局自分を守るためにはネットに評価を求めないことを徹底することであり、目にしたときに受け流せる寛容さを身に着けることではないかと思うのです。

傷ついていても馬鹿らしいじゃないですか。
嫌われることに快楽を求める馬鹿も居る。

自分の身は考え方一つで守ろうと思います。

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