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「異端のすすめ」を読んで。

橋本徹さんの「異端のすすめ 強みを武器にする生き方 (SB新書)」を読んで心に残ったことを書き記しておく。

迷ったら「大胆なほう」へ前進せよ

チャンスを「つかむ力」をつけるには「行動」しかない。だから僕は、人生の選択で迷ったときには、選択肢の中で一番大胆な道を選ぶことをこころがけてきました。

「前進」か「現状維持」なら「前進」、「今までやったことのない道」か「やったことのある道」なら「今までやったことのない道」、「楽な道」か「しんどい道」かなら「しんどい道」を選びます。

橋本徹さんの言動が個人的に共感を覚えるため、ひいき目になっているかもしれないけど、いつも大胆で強気な姿勢を貫く、実践されている方だと思う。

楽な道よりしんどい道。それの苦悩が自分の糧になると思うから、私も大胆なほうを進むようにしている。


その先送りには「理由」があるか

つかんだチャンスを確実にものにするために、やろうと思えばすぐにできて、かつ非常に高い価値を持つことがあります。

それは「スピード」と「仕事に漏れがない」ことです。言い換えれば、「先送りする理由」がない限り、とにかく「今できることはすぐにやる」というのを徹底することです。

~中略~

「すぐやる」重要性はメールに限った話ではありません。このシンプルな行動原理を貫くことが、常にマルチタスクを回せるような、できる人の最低の条件と考えてください。

「仕事ができない人」というと語弊がある言い方になるかもしれないが、「仕事が遅い」と感じる人のおおよそは先送り癖にある。

なぜ先送るか?というと即決・即レスできる「スキル・経験」がないからだと思う。スキル・経験が足りないのは努力が足りていない、それだけ。

それと同時に「ハッタリ力」もない。ハッタリ力とは、(恐らく合っているから、そのままGOしちゃえ!あとはなんとなする)と心の中で唱え、あたかも当然の答えのように発言できる力のこと。決めた方を正解にでいる力を持っている人は強い。


マルチタスクを回す優先順位の原理原則

いつも物事に追われていて、自分の時間を確保できないという人の多くは、単に物事の優先順位をうまくつけることができていないからではないかと思います。

優先順位をうまくつけるには、「ルーティーンに縛られない」ということも重要です。マルチタスクを回すことができない人は、「〇〇までにこれだけは絶対にやらなければならない」と勝手に決めて、その他のことが手につかなくなり、重要なことが後回しになる傾向が強いです。

ビジネスマンは「マルチタスク」と「シングルタスク」の2タイプに分かれる。それ以外はいない。MECEである。

マルチタスクを回せる人は集中力に「深さ」はないけれど、「長さ・(集中する)早さ」には強みを持っている人。一方でシングルタスクの人は集中力に「深さ」はあるけれど、集中するまで時間がかかる。

またルーティーンに縛られないとは、「無駄なタスクに縛られない」「隠れた前提や常識に目を向けられる」という言葉と同義だと思っている。

無駄な会議やMTGはキッパリと断ることが大事。そして自分の意義や目指すべき先と合わないクライアントと別れを告げることもあるかもしれない。


知識のインプットより、持論のアウトプット

これからの情報化社会に求められる能力は、「知識・情報を持っている」ということよりも、その知識や情報を活用して「自分の頭で考え持論を打ち出せる」ことであると自覚すべきです。

知識や情報をインプットすることよりも、それを用いて持論を打ち出すアウトプットのほうが重要だということです。

これは極論かもしれないけど、これだけデジタルシフトしている世の中で持論をアウトプットしていない人を、私は信用していない。

いまはtwitter、Facebook、Instagramなどのパーソナルスペースで個人の発信はできるし、YouTubeライブも当たり前になってきた。つまりやろうと思えばいつでもだれでも始められるということ。

そんな中、いまアウトプットしていないということは、「しない」のではなく「できない」からだと思っている。

どんなに良質な情報をインプットしたところで、それを自分の言葉に置き換えなければ、意見がないのと一緒。

間違ってもいいから、自分の言葉で発信できる人とつながっていないし、自分自身もそうあり続けたい。


目の前の人間関係は永遠ではない

目の前の人間関係にとらわれず、懸命に自分の仕事に取り組めば、必ず自分の商品価値が高まってくるはずです。そのような実力者を、あえて嫌な気持ちにさせるような人は、社会においてほとんどいません。実力ある人には、おべんちゃらを使う人がほとんどです。

ある意味、人間関係に思い悩んでしまうというのは、自分の商品価値がそれほど高まっていないということでもあるのです。

これはホントにその通りで、、、

仮に自分が嫌いな人がいたとして、その人と一緒に何かをしなければならない場合、自分自身に圧倒的な成果・存在感があれば人間関係になんて悩まないんじゃないかと思う。

否が応でも認められるような存在にならなくてはならない。その力が私にもまだない。もっと努力しよう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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