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戦争に負けずに本を紹介する 斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書)動画「名著を読み解く」#2

ロシアのウクライナ侵攻(正確には侵略だが)というニュースが入ってきてもうすぐ一ヶ月。令和の時代に20世紀以前に逆行した人類の愚行に重苦しく、やりきれない気持ちになったが、それが連日続くと、戦争が「日常」に埋没してしまう。要は慣れてしまうわけだ。こうして人間は戦争という名の暴力に諦念のような気持ちに塗り染められてしまう。自分でも気づかぬうちにだ。「慣れ」は大変恐ろしいことだ。どんな事情であれ、戦争は容認してはいけない。

そんな政治情勢の最中に、戦争など起こっていないかのように(そう主張するSNSアカウントもおびただしく存在しているわけだが…)noteを更新していいものなのか?ロシア・ウクライナについてに言及しないことは戦争に賛同する不謹慎なことではないか?そんな思いに囚われもした。更新する気も消滅してしまった。しかし、こういう時代だからこそ、自分の好きなことや楽しいことを増やして、noteでも発信することが大事なのだ、という思いに到った。暗い気持ちや重苦しい気持ちを吹き飛ばそう。

というわけで、YouTubeで昨年(2021年)から行ってきている本の紹介動画をこちらでもアップしていく。今回は斎藤幸平『人新世の「資本論」』である。2020年9月に発売されて、今もなお売れ続けているベストセラーである。収録したのが昨年のちょうど今頃という、なんとも出遅れ感は否めないが、ご容赦を。

タイトルに資本論とあるが、マルクスの『資本論』の知識がなくても問題なく読むことができる。だが『資本論』についてこの本から本格的に学ぼうとするなら、物足りなさを感じるであろう。この本で主張されているのは、資本主義の名の下に行われた環境破壊、資源の枯渇、地球温暖化、人口増大といった、危機的状況をいかに脱するか、資本論を拠り所にした著者の提案だからだ。地球の危機を乗り越えるためには、2030年までに二酸化炭素を半減し、2050年までに純排出量をゼロにしていかなければならない。とはいえ、これは生半可なことではないのが現状だ。

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迫り来る「大洪水」を防ぐために

マルクス自身も、資本主義社会の諸問題を、技術的転嫁、空間的転嫁、時間的転嫁によって乗り越えようとするが、より矛盾に陥ることを指摘している。結果として、「大洪水よ、我が亡き後に来たれ!」と叫ぶ事態が起こっている。
さらに、環境保全のために行った施策が、より環境に負荷をかけてしまうという逆説的な事態(ジェヴォンズのパラドックス)を引き起こしている。たとえば、テレビの消費電力が低下しても、より大型テレビの消費が増大することにより、節約分が帳消しされたり、さらなる負担になってしまう。このようなパラドックスがいろんな分野で発生して、グリーン技術がちっともグリーンではない事態が常態化している。IPCCは経済成長を前提としており、IoTもPCやサーバーの稼働に膨大なエネルギーや負荷もかかってしまう。

だが、「大洪水」は「すぐそば」まで迫ってきており、資本主義の暴走を止めなければ人類はストップしてしまうことになる。そこで、これからのカギとなるのが「脱成長」だ。資本主義において脱成長とは矛盾しているようにも見えるが、脱成長は停滞や衰退を意味しない。むしろ、平等や持続可能性を意味するというのが著者の主張なのだ。


コモンの再建

大切なのが、コモン=社会的に人びとの共有され、管理されるべき富、である。かつてコモンは潤沢であった。だが、利潤のために、16~18世紀にコモンの「囲い込み」(=エンクロージャー、本源的蓄積を意味する)が行われ、農地から農民が閉め出されて都市部で賃労働となった。この囲い込みの過程で、かつては潤沢であった水や土地=コモンの潤沢さが失われ、希少性が人工的に生み出された。希少性を増やすためには、潤沢なものを破戒や浪費の限りを尽くして陵を減らせば希少になり、より資本の価値が増殖するチャンスが生まれていく。つまり、コモンズが私的所有されることによって希少性が増す。この希少性の増大が商品としての価値を増やすことになったわけだ。こうして、資本は人工的希少性を生み出しながら発展していった。

この希少性の増大から回復を取り戻すのが、コモンの再建である。方法としては、市民の手による「〈市民〉民営化」、「ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)」、反緊縮、自己抑制の自発的選択であると説く。

脱成長コミュニズムこそがカギ

さらなる解決方法のキーワードは「脱成長コミュニズム」だ。コロナ禍で政府が当てにならないことを学んだからには、国家や専門家に依存するのではなく、自治管理や相互扶助の道を模索すべきというのである。

そのための策の柱は5つある。

①「使用価値」に重きをいた経済への転換
②労働時間の短縮
③画一的な分業の廃止
④生産過程の民主化
⑤エッセンシャルワークの重視。

この5つの策を筆者は提案している。

社会を変える三・五%の人

だが、単に資本主義にどっぷり浸かっている我々は、傍観者にとどまるのではなく、行動に移さなければならない。

ハーヴァード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、「三・五%」の人びとが非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わるというのである。地球の未来は、本書を読んだあなたが、「三・五%」のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっているのだ。
                    『人新世の「資本論」』p.632

賛否はあるものの、筆者はこの「三・五%」の人を一人でも多く増やしたいのはまちがいない。私個人は著者の考え方に大変感銘を覚えた。自分の研究を通して、なんとしてでも地球温暖化を止めて平等な社会を実現したい、という筆者の熱い使命感(そして現状への怒り)がひしひしと伝わってくる。筆者が環境破壊から地球を守るために、資本主義という巨大な化け物と闘うすさまじい覚悟が全編を覆っている。これからも斎藤幸平の言説を応援して追っていきたい。

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