見出し画像

「君の当面の目標は日本の業界1位だ。だって、成長したほうが楽しくないか?」(インド人リーダーシップ論 #5)

世界で活躍するインド人経営者にインタビューを行い、自分の経験と照らし合わせて「優れた経営者を育てる国インドの秘密に迫る」のがこのプロジェクトの最終目標だ。取材を進めるかたわら、まずは私自身が自分の会社で出会ったインド人リーダーたちのストーリーと、そこから得た気づきについて話をしていきたいと思う。

前回の記事で「インド人経営者のリーダーシップの7つの特徴」を挙げた。なぜこの7つなのか?一つ一つ具体例を語れば皆さんにメージしていただけるかもしれない。そこでこの記事では7つの特徴のうちの1つ目、「現実に左右されず巨大な野望を抱く」について、私の体験談を語ってみたいと思う。

「できなかったら」は考えない、偉大な経営者の妄想力

「現実に左右されず巨大な野望を抱く」は、言いかえればこれまでの経験や実績、会社が持っているリソースやスキルの限界を気にせずに将来の野望やヴィジョンを描く、いわば妄想力だ。可能なかぎり高い目標を掲げることで成長しようとする力が生まれるもの、「できるかどうか」「どうやって実現するか」は後から考えるもの、という発想がベースにある。

日本人に馴染みのあるところでは、今や「世界のソフトバンク」と言われまでに成長した企業を1代で築いた孫正義社長は、起業当初から「ソフトバンクは時価総額世界一を目指す」と唱えていた。有名な話で、孫さんが起業前から売り上げ目標を「兆」単位で立てていたという。創業まだまもない時期に数少ない社員に向かって「俺はこの会社を世界一の会社にする」と語り、呆れて辞める人がいたという逸話がある。真相はわからないが、今となってみれば「そんな目標を立てるなんてこの人はキチガイだ!」と言う人は恐らく少ないだろう。経営者にとっての真の挑戦は、創業当時の野心をいつまで持ち続けられるかだ。孫さんのようにとにかくデカい夢を口にして、それを現実化できる日本人経営者は非常に少ないと思う。

しかし、インド企業で働いていると、ビジネスで大きな野望を語ることはむしろ当たり前だ。「大口を叩いてできなかったらどうしよう?」「自分たちにそんな能力があるだろうか?」「失敗した時責任が取れるだろうか?」といった不安で躊躇することはむしろ許されないのである。

「君の目標は業界1位だ」

私が常に密に働いてきたインド人リーダーは、カクタス・コミュニケーションズのインド本社創業者のアビシェック・ゴエルとアヌラグ・ゴエル(二人は最高に仲の良い兄弟経営者)である。カクタスは2002年5月に創業したベンチャー企業だ。当時は日本市場にオンラインの英文校正サービスだけを販売していた。私が入社したのは2003年7月で、会社が本格的に営業を開始した12月からまだ半年と少ししか立っておらず、ほとんど売上がない状況であった。10人程度の社員を抱え、1ヶ月に1件の発注すらない時があったほどだ。

入社して数ヵ月が経ったころ、この2人の創業者と初めての作戦会議をした時のことを鮮明に覚えている。彼らは誰かが椅子を引かなければ部屋にも入れないような狭いボロボロの会議室で席に座るなり、当たり前のように私にこう言った。

この業界の日本の市場規模を出せ。君の目標はまずはそこで1位になることだ。当面の目標は30%の日本シェアだな。1年では達成できないだろうから、まずは1ヶ月の受注目標を1件から100件にしよう。」

日本で業界1位? 当面30%市場シェアが目標?? 1件から100件???

ポカンとして、まだ20代だった若い創業者2人の顔を交互に眺めた。到底理解できない目標だった。

当時の新規顧客は1か月に1件か、多くて2件。その2件の顧客がどう間違ってうちのウェブサイトを見つけてきて発注したのかもつゆしれない。そもそも英文校正なんてニッチなサービスに本当に市場ニーズがあるのだろうか?「まずは1ヶ月100件」?ありえない。

我にかえって最初に浮かんだのは「自分には絶対にできない」だった。

「無理だ。絶対無理!インポッシブルだ!」と私は猛反発した。そんな高い目標立てるだけ無駄だと思った。そこからが、理想を当たり前のように語るインド人リーダー2人と、現実を叫んで抵抗する日本人社員の長い長い攻防の始まりだった。

目標達成に必要なのは、自分たちへのコミットメントだけ

私の抵抗に彼ら2人がどう反応して説得したかは、次回の記事でくわしく語りたい。しかし、2人のインド人リーダーと私の理想と現実の攻防戦はとどまるところを知らなかった。そして私はこの戦いにことごとく負け続けた(笑)。目標をやっと達成したかと思うと、次にさらにどでかい目標を掲げてくる。どう目標を達成するかは、後からプランを考える。やってみてうまくいかない時は状況を踏まえて軌道修正することはあるが、最後まで弱気になることは決してない。既存ビジネスの売り上げアップ、新規市場の開拓、新事業やサービスの立ち上げ、などなど、あらゆる仕事を一緒に行ったが、彼らが求める成長率は常に自分の最高基準の更に上だった。全敗である。。。

なぜ常にそんなに高い目標を掲げる必要があるのか?いつかその理由を聞いた時、彼らはこう答えた。

「我々は上場企業ではないので、売上目標に辿り着かなかったからといって責任を取る必要も謝罪をする必要もないかもしれない。でも言い換えれば、自分たちで自由に目標を設定できるんだ。自分達で設定できるのに、なぜ低い目標をわざわざ設定する必要がある?高い目標を掲げると、これまでの自分を捨てて新しいやり方や知識を手に入れざるをえない。そうやって自分達自身が仕事を通じて成長する方が楽しくないか?そのために必要なのは自分達へのコミットだけじゃないか。

彼らは何と言ってもオプティミスティックなのだ。「言うのはタダ、やるかどうかはあなた次第」的な考えを持っている。失敗しても命が取られるわけじゃないんだから、とりあえず言ってみて、やってみればいいじゃないか!

「やってみたらできた」不思議と成長する社員たち

理想主義的に聞こえるかもしれないが、実際この考え方で経営をしていると社員は目にみえて成長する。会社の売上はもちろん、そこで高い目標に向かって頑張り続ける社員はみな人間的に大きな成長を遂げていく。数年間このカルチャーの中で生き延びた社員は、意外にも次々与えられる不可能とも思える挑戦を意外にも乗り越えられる自分に気づき、楽しめるようになるのだ。「彼らの夢に騙されたと思ってついてきてみたら、自分には絶対出来ないと思っていたことが意外と出来るようになっているじゃないか!」というように。

もちろんこのやり方について来れない社員も、国を問わずたくさんいる。入社当時の私のように、荒唐無稽な目標にうんざりして抵抗し、やめていく社員もいるのは事実だ。急激に成長する企業でフロントラインに立ち続けるためには、1年前と同じ自分のままでいることは許されない。自分を変えることはともすれば苦痛も伴う。しかし、変われたら楽しい。いまだに常にそんな経験をさせてくれるのが、カクタスのゴエル兄弟である。

さて、そのゴエル兄弟は当時、日本で業界1位になれという指令に抵抗する私をどうやって説得したのか?彼らの「無理に思えることを社員に可能だと思い込ませる」エピソードは次の記事で語りたい。

このシリーズの記事一覧

#1優れた経営者を育てる国インドの秘密を探る旅をはじめます

#2インド人経営者が現代ビジネスにマッチする理由

#3インド人経営者のリーダーシップの7つの特徴

#4新時代の企業にインド人的リーダーシップスタイルがマッチする4つの理由

#5「君の当面の目標は日本の業界1位だ。だって、成長したほうが楽しくないか?」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?