なぜ著作でつらい記憶を垂れながすのか
──今回はかにゃんこさんのリクエストに応えてもらいましょう。「横道さんは、過去のことを色々書かれていて…書かれる過程で、過去を思い出して、つらくなったり、夢見が悪くなったりとかもあると思うのですが、その時はどうしているのか、また、自分のメンタルの健康を守るために気をつけていられることとか、つらい思い出しがあったとしても書き続けてよかったと思われているのか知りたいです…」
横道 『みんな水の中』以来、過去のことを著作でいろいろ書くようになりました。書いていてつらくなることはありますが、じぶんを傷つけない形で文章を送りだしていくように心がけています。
──じぶんが悪く受けとられそうなことは書かないということでしょうか。
横道 ある意味ではそうですが、本質的には違います。私はじぶんがやったことで、読者に悪い印象を与えかねないことも書きます。しかし、語り方によって読者の印象はずいぶん異なるということを知っているので、それに心を砕きます。少なくともじぶんにとって納得できる語り方にしないと、執筆は非常につらいものになるでしょう。じぶんをかんたんに破壊してしまうはずです。
──もっと具体的な例をあげて説明してもらいたいです。
横道 たとえば、松本俊彦さんとの往復書簡は、評判のスタートとなりました(https://ohtabookstand.com/2023/06/saketabakoofukusyokan01/)。このなかで私はじぶんをかなり剥きだしにしています。
──松本先生も言っていたようですね。「横道さん、最初から全裸になってたじゃん」って。
横道 事前の打ちあわせでは、連載の半ばまでは互いに白衣を着たままでやっていくということになったのですが、気づいたら初回から全裸でした。
──そう聞くと、横道さんはやっぱり精神疾患の人なんですね。一種の露出狂なんですね。
横道 真夜中の公園で真っ裸になって「シンゴー‼️!」と絶叫した草彅剛の気持ちがわかる気がします。
──危ない、危ない(笑)。
横道 でも、私としてはあれは安全に自己紹介したつもりだったんです。そもそも自助グループって、初めから全裸になる空間ですからね。自己紹介でじぶんのいちばんの汚点をさらしながら語ったりする。
──横道さんの自己紹介が驚かれたのは、きっと自助グループというものがどんなものか、知らない人が多いからなのかもしれませんね。
横道 あとは、自助グループをよく知っている人の場合、その独特な魅力が文章化されていたので、興奮してしまったとか。
──なるほど。
横道 自助グループって、リピーターになることも多いますが、一見さんで終わることも同様に多いですからね。一期一会の場です。やるか、やられるか。最初から全開にしないと参加する意味がない。
──自助グループに参加しはじめた当初から、そんなふうに全開で語れたんですか。
横道 まさか。最初は「じぶんみたいな中途半端なへなちょこボーイの話、ほかの参加者はみんなしらけるだけなんじゃないか」と悩んで、うまく話せませんでしたね。すごい話を聞いてばかりで、敗北感がありました。
──自助グループで語られる話って、壮絶なものが多いですからね。
横道 父親に強姦された女性とか、子どもの頃に自動車事故にあって、じぶん以外の家族がみんな亡くなってしまった男性とかも参加します。
──そんな空間のなかで、どうやって語ったら適切かということを模索したんですね。
横道 そうです。端的に言えば、私が矢継ぎ早に出している自助グループ絡みの著作群は、じぶんが自助グループで語れるようになったからこそ、生まれてきています。「このように語れば良いんだ」と、自分なりに納得しながら語る流儀を身につけたのです。
──なるほど。
横道 著作に関しても、最初からすべてすらすらと語ることができたわけではありません。『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)では、たとえばじぶんを「発達障害者」と語ることにすら抵抗があった。サブタイトルは白石正明さんと相談しながら決めましたが、私のその躊躇を反映して「発達障害」の「自助グループ」の「文学研究者」という表現なんです。
──なるほど。
横道 『イスタンブールで青に溺れる──発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)ではそれを克服しました。メインタイトルのほうは、担当編集者の山本浩貴さんによる「会心の一撃」です。サブタイトルは私の提案したものが採用されましたが、「発達障害者」とはっきり言いきっています。これは、ネガティブに見られかねない「発達障害者」を壮大な印象の「世界周航記」と掛けあわすことで解決できたんです。私の心のなかで、世界観がシフトしました。
──なるほど。
横道 ほかの著作でも、毎回「それまではできなかったこと」に挑戦していますよ。それがどんな挑戦なのかは、あまりダラダラ言っても退屈かもしれないので、言いませんが。
──かにゃんこさんは「過去を思い出して、つらくなったり、夢見が悪くなったりとかもあると思うのですが、その時はどうしているのか」と書いていますが、そうはならないということでしょうか。
横道 ヘタな書き方をしたら、そうなると思います。じょうずな書き方をしたら、つまりじぶんにとって安全だと判断できるアウトプットの仕方をしたら、つらい記憶が昇華されるので、むしろ夢見は良くなります。自助グループと同じです。私にとって執筆とは、「ひとり自助グループ」なのです。
──では、執筆して反動が来たりすることはないんでしょうか。
横道 現実的にはあります。それを読んで反応し、接触を試みてくる人たちの全員に対して、気分よく対応できるというわけではないです。絶縁した家族だったり、バカにした態度で語りかけてくる以前からの知りあいだったりしますから。
──それはとても不快な経験ですよね?
横道 「有名税」だと割りきっています。たくさん本を出せるようになって、良いことのほうが圧倒的に多いので、「ちょっとトクしすぎてるんだ」と思って、ある程度の「納税」を受けいれています。
──名誉毀損や誹謗中傷をされてもいいんですか。
横道 それは法的手段で対応しますよ。その体験についても本にして出版できますから、一挙両得です。
──リクエストには「自分のメンタルの健康を守るために気をつけていられることとか、つらい思い出しがあったとしても書き続けてよかったと思われているのか知りたいです…」とありました。
横道 心の健康の守り方は、できるだけ嫌なことをしないことです。嫌なことは最小の範囲だけで対応しています。だからかんたんに人とは絶交するし、所属している集団から脱退します。それで健康に生きられますし、「生活の質」があがります。
もちろん、「不寛容になって良い」ということではありません。「じぶんにも他人にも優しく」という信念を持っていますから。認知行動療法でいう「アサーティヴ・コミュニケーション」に努めています。
しかしいまの時代、いろんな意味での「断捨離」が心の健康にとってたいせつだと確信しています。
──書きつづけて良かったことは?
横道 いろんな人が「感動しました」とか「衝撃的でした」と言ってくれるので、それが励みになっています。まだまだ書きたいと思っています。私の本を出版してくれるところがあるかぎりは。
──あまりに本が売れなくて、出版できなくなったらどうするんですか。
横道 自費出版の手もあるけど、資産家ではないから、別のことを楽しんで生きるようになると思います。以前から、定年になったら古物商をやりたいと思ってきましたから、早めに大学を退職してそっちの道で余生を送るのが良いかもしれませんね。
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