見出し画像

専門とサブカル趣味

──今回はしのぴーさんとヨシさんのリクエストに応えていただきましょう。しのぴーさんは「ドイツ文学の他、漫画、アニメ、特撮、ゲームなどのサブカル系の論評をお願いします」「他には、庵野秀明監督、新海誠監督をはじめ、アニメ監督や漫画家の方々との対談、などなど」。ヨシさんは「唐沢俊一みたいなサブカルネタ!(ニーズ低いでしょうが…)」とのことです。

横道 ちょっとちょっと、「庵野秀明監督、新海誠監督をはじめ、アニメ監督」たちとの「対談、などなど」って(笑)。いつかそんなことが実現するくらい私がビッグになれたら良いですけど、現状では不可能です。マンガ関係者の知りあいは少しだけいますが、みなさんお忙しいと思います。いちばん対談したくて、その企画も温めていた崇山祟(たかやまたたり/別名義:館山克仁)さんは、数日前にお亡くなりになってしまいました。

──えっ、お亡くなりに?

横道 はい。私より少し年上なだけだったので、まだ40代後半です。ニュースを知って以来、とても落ちこんでいます。

──そうなんですね。今回のインタビューはやめておきましょうか。

横道 いえ、生きる力を取りもどすためにも受けたいと思います。崇山さんと私が共通して好んできたシュールでホラーなノリも交えて、進めていければと思います。

──では横道さんの本来の専門、ドイツ文学のお話から。

横道 今年の9月9日、9,900円のドイツ文学の本を刊行する予定です。書名は『グリム兄弟とその学問的後継者たち──神話に魂を奪われて』。出版社は人文系の名門、ミネルヴァ書房です。

──ひょえー。9,900円!

横道 2段組で500ページ強あります。1段組にしていたら800ページくらいになっていたのかな。人を撲殺するのにも使える鈍器となっていたはず。2021年に岩波書店から600ページ弱の『フーコー研究』が税込17,600円で刊行されて話題を呼びましたが、私の本もなかなかのものですよ。

──これは博論がもとになっているわけですか。

横道 先行する卒論と修論のテーマに関して言えば、オーストリアの作家ローベルト・ムージルでした。博論もムージル論のつもりで、博士課程在学中の3年以内に完成させようと思って、修論の直後からすぐに取りかかったのですが、紆余曲折あって迷走状態に陥ってしまった。結局、グリム兄弟論を完成させて博士号を取れたのは、修士号を取ってから18年後でした。一大労作と言えます。

──18年はすごいですね。どんな内容ですか。

横道 グリム兄弟は童話作家のように思われていることが多いですが、ドイツの民間伝承を収集し、研究した人々でした。彼らふたりや仲間たちの研究活動から、「ドイツ文学研究」(ゲルマニスティク)という学問分野が生まれました。
 私はドイツ文学者として研究活動をやるうちに、このドイツ文学研究という分野は、そもそもどういうものなんだろうか、と原理的な疑問を抱くようになりました。それを追及するには、まずは自分の専門分野の草創期を知るのが良さそうだと思ったんです。それで、グリム兄弟の仕事からその問題系に迫ろうとした、というわけです。
 博論の内容は文学研究、民俗学、文化人類学、法制史、宗教史、言語学などにまたがっていて、使用言語も日本語とドイツ語のほかに、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、アイスランド語、中国語を重要箇所で使っています。ですから「ドイツ文学研究」としては、かなり珍しい仕上がりになりました。

──発達障害者や宗教2世としての横道さんの著作との関連づけが気になります。無関係ということなんでしょうか。

じつはグリム兄弟の片方を自閉スペクトラム症だっただろうと指摘した箇所なんかも含んでいるので、私の発達障害関係の著作ともリンクしています。また兄弟の宗教意識は、メインテーマに関わっています。敬虔派のプロテスタントでありながらゲルマン神話に熱狂したグリム兄弟と、彼らの学問上の後継者たちを考察するという内容です。

──ふむふむ。では今度はサブカル系の話題に。

横道 いきなりの転換ですね(笑)。

──読者が退屈なんじゃないかって思いまして......

横道 まあ私にとって、ドイツ文学の研究はサブカルへの関心と連続しています。
 子どもの頃から文学好きだったので、高校時代にはドイツやロシアの晦渋な大長編小説への関心が生まれました。カントとかニーチェとかのドイツ哲学を理解できるようになりたいとも思っていました。ドイツ統一は小学生の頃の同時代体験でしたし、やや中二病的ですが、ナチスドイツに対する興味も持続していました。
 でもどちらかというとドイツに対する関心は、ギムナジウム(男子中高一貫校)ものを好んで扱っていた萩尾望都のマンガとか、庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』によって、より強く掻きたてられました。『エヴァンゲリオン』でドイツ語を話す少女キャラクターが登場して、本放送のときに高校生だった私は「かっこいい!」と憧れました。じぶんがドイツ語を話せるようになったあとは、それらの場面のドイツ語がだいぶ不自然だということがわかったので、なんとも言えない気持ちになりましたけどね。

──やはり庵野秀明監督との対談が待たれますね(笑)。

横道 影響は受けたのはまちがいありません。庵野秀明って、自閉スペクトラム症の特性がとても強い人だという印象もあるので、いまではじぶんがどうしてそんなに夢中になったのかも、だいたい謎は解けたと思っています。

──新海誠監督に関しては、どうですか。

横道 新海監督は私の6歳年上なんです。彼は29歳のときに短編アニメ『ほしのこえ』でブレイクしましたが、当時23歳で大学院に入ったばかりだった私は、この作品にものすごい衝撃を受けました。庵野秀明と村上春樹の世界観を掛けあわせたような作品なんですが、それをほとんどひとりだけで作りあげたというニュースを読んだ。「村上も29歳のとき『風の歌を聴け』で小説家としてデビューしたし」なんて考えて、「じぶんは29歳になったとき、なにかしらの社会的ステータスを得ることができているんだろうか」と不安になったんです。29歳になるまでずっと続いた不安です。
 ありがたいことに、その29歳で常勤の大学教員になることができました。当時のドイツ文学分野での就職状況を考えると異例の若さだったので、安堵感はとても大きかったです。『ほしのこえ』や『風の歌を聴け』みたいな影響力のある作品を生みだすことは一切できませんでしたけどね。就職後はすぐに鬱状態になって、博士論文も完成させられないままアルコールに溺れて、その後の10年くらいは溶けるように消えてしまいました。

──人生、山あり谷ありなんですね。

横道 40歳で休職して、発達障害の診断を受けて、『みんな水の中』を書いて、そのあとはほとんどいいことばっかりです。またいつか人生の局面が変わるのかもしれませんが、今後はうまく対処していけると良いなと思っています。

──Yoshiさんはリクエストで、唐沢俊一の名前を出していましたね。

横道 Yoshiさんに言ったことがあるかどうか忘れましたが、10代の頃、唐沢俊一にかぶれたことがあります。きっとこのまえ一緒に酒を飲んだときに、そういう話をしたんでしょうね。

──かぶれたということは、夢中になったということですね。

横道 レトロでへんてこな少女小説を紹介した『美少女の逆襲』とか、怪奇マンガをダイジェストで掲載し、復刊した『まんがの逆襲』ほか数冊は、私の人生にとって事件でした。怪奇マンガの復刊は複数あって、唐沢や彼の当時の妻のソルボンヌK子のツッコミがあっちこっちに落書きされた形で印刷されていたので、物議をかもしましたね。商業レベルで復刊できなかった作品は同人誌として売っていましたが、それらも集めました。あとは愛書家たちの本棚を紹介した『カルトな本棚』。

──横道さんの自宅にずらっと並んでる本棚って、まったくそういう感じの「カルトな本棚」ですよね。

横道 宗教2世なのでカルト宗教は大嫌いですが、カルト映画とかカルト漫画とか、そういうのは大好物なんです。

──唐沢俊一って、かつて本を続々と刊行していて、雑学もたっぷり蓄えていて、文章も読みやすくおもしろかったですが、21世紀の最初らへんに盗作問題で、出版業界からはすっかり見捨てられましたよね。

横道 私はその頃には大学院生になっていて、ドイツ文学の専門の勉強に打ちこんでいたので、唐沢俊一の本も読まなくなっていたのですが、少女ものとか怪奇もののサブカルチャーを好きだというのは私の趣味の基盤として定着してしまっていたので、やはりショックでした。

──いまでは唐沢さんはすっかり残念なネトウヨおじさんですね。

横道 唐沢俊一のパクリ疑惑を詳しく検証するという同人誌が何冊も刊行されたのですが、私はじぶんが好きだったものの真実に向きあわなくてはならないと思いつめて、それらの同人誌も集めました。ほら、唐沢俊一の本を並べてある区画に、それらの唐沢批判の同人誌がぜんぶ並んでいます。

──横道さんらしい感じがします(笑)。

横道 ものごとを多面的で立体的に捉えなければならないという思いが、強迫観念のようにしてありますから。

──以前のセルフインタビュー「私の単著と編著のスタイル​​」でも「多面的で立体的」なエスノグラフィーが理想だと語っておられましたが、これは横道さんのお気に入りの表現なんですよね?

横道 自閉スペクトラム症者には直言の傾向、つまり歯に衣(きぬ)着せない傾向があります。純粋と言えば純粋ですが、定型発達者に比べて「多面的」な理解が苦手なことも理由でしょう。私もそうなので、その自分の弱みを克服しようともがいてるんでしょうね。
 あと、自閉スペクトラム症の当事者には知覚推理(知覚統合)と呼ばれる能力が低い人が多くて、私もそうなんですよ。これが弱いと空間的把握が不得意になります。私はまさにそうで、体験世界がかなり平面的な印象なんです。奥行きみたいなものがわかりにくくて、すぐに足元の何かにつまづいたり、階段を踏みはずして転んでしまう。つまり「立体」というものがわかりにくいから、「立体的な」ものに憧れるんですよ。

──へえ。そんな事情ですか。さっきお伺いした博論本にもそんな横道さんらしさが出ていますか。

横道 グリム兄弟を研究するうちに、私は兄弟のどちらも大好きになったのですが、私の研究を読んだ人は、グリム兄弟が非常に厳しく批判されているので、私はグリム兄弟のアンチファンなんだと錯覚するみたいです。

──ほほう。

横道 愛する対象だからこそ、「多面的で立体的」に理解したいと思い、徹底的に検証しているだけなんですけどね。

──横道さんが対人関係でもそういうことをしていないか心配になります。

横道 ......。

──心当たりがあるんですか(笑)。

横道 そそそ、そんなことはありません。なんとなく過去のあれこれに思いを馳せてしまっただけです。どれも他愛のないことです。

──まあ、一応安心したと言っておきましょう。

横道 それでは私はちょっと忙しいので、このくらいで去ることにします。さようなら!

──あっ、逃げられてしまった……。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?