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二人暮し

シノさんは無口だ。
もっとも、喋る訳がないのだが。
僕はワンルームの家でシノさんと二人暮しをしている。
二人暮し、という表現が正しくない事は分かっている。
シノさんはラブドールだから。
でも僕はシノさんと二人暮しをしている。


僕はシノさんと一緒にソファに腰掛けて昼過ぎから日が暮れるまでを過ごすのが好きだ。

僕はあたたかい紅茶を飲みながら、絵を描いたり本を読む。
シノさんはあたたかい紅茶を冷たい紅茶に変化させながら、ただ座っている。

この前、初めてシノさんの似顔絵を描いた。
シノさんの顔の前に絵を持っていってやってもシノさんは何も言わない。

ただじっくりと、ゆったりした時間を二人で共有している。
そんな日々が僕は大切だと思った。


(いつだったか外で普段飲まない酒を飲み、酔って帰ってきた日に僕はシノさんがラブドールである事が、己の欲望が憎らしくなった。
シノさんに着せた服を乱暴に脱がせた後、僕は泣いた。
シノさんは何も言わなかった。
その日から二度と酒を飲まない事にした。)


「シノさん。飛行機雲だよ」
ベランダのほうにシノさんを連れていく。
冷たくて重たい。

きちんと手入れを続けたら、シノさんは僕より長生きだろう。
僕は今すぐにでもシノさんを殺すことができるだろう。
シノさんの命は、軽い。

僕がシノさんの命を持っている。
僕らは一緒に生きて、一緒に死ぬことができる。
これがどんなに幸福なことか。

シノさんと僕のひっそりとした秘密基地暮らしは誰も知らない。
二人がいなくなったなら、二人はなかったことになる。
それがどんなに幸福なことか。

幸せで幸せで涙が出た。
シノさんの目に僕の涙が落ちたから、シノさんの眼球をティッシュでぐい、と拭った。

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