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定年をやり過ごしてひと月経ちました

今日で定年退職からちょうどひと月経ったことになります。

ただしそれは、予定通り定年を迎えていた場合の話です。

定年退職とは、60歳を迎える誕生日の月末を定年退職日として(必ずしもそうとは限らないが、そう定めている会社が多いようだ)、
正規雇用契約が一旦終了すること。
そして、現在は65歳までは本人が希望すれば延長雇用が可能。
ただし、新たに会社とは嘱託契約を締結し、
「それまでと同じ仕事をしていても、給料は4割近く下がる」
という鬼のような仕組みです。

誰が決めたんだ、こんなシステム。
今や人生100年だぞ。
それで考えると折り返ししたばっかりじゃないか。

まぁそんな定年制度そのものへの異論はこの場では横に置いておきます。

そういうことで、会社勤めをしていると、定年を迎える先輩たちを見送ることがあります。

退職日(もしくは最終出社日)の夕方には、お見送りのセレモニーが開かれます。
本人には内緒で(と言ってもお決まりなのでバレています)、寄せ書きのメッセージを集めたり、記念品を買い出したり。

そして、セレモニーでは花束贈呈、在籍社員代表として部門長や後輩から挨拶があり、最後に本人からいままでの感謝の御礼を伝えます。

おー!なんと日本的。
感謝してなくても、感謝している体でスピーチするのが正しい大人の態度。

僕はどうも昔からこの定年退職セレモニーが苦手でした。
自分があそこに立って祝われるなんて、小っ恥ずかしくてとても耐えられません。

そして、何と言っても
今までお疲れ様!明日からは現役ではないですが、もうしばらくご一緒ですね。
よろしくお願いします。

みたいな、生暖かい感じがとても嫌でした。
ここでのポイントは
「明日からは現役ではない」
というところ。

いや、現役がどうかは自分で決めるわい!

そう、欧米では現役引退は自分で選択するのが当たり前です。
システムとして、
「はい、お疲れさん」
と他人から肩を叩かれるのが、なんか腑に落ちなかったんです。

そして、そんな定年退職セレモニーをされてしまったら、なんとなく気分的にもどうやったって
「終わった感」
が漂ってしまうんだろうな、と考えました。

もちろんあれですよ。
昭和の高度成長期のように、60歳で定年を迎えたら年金生活で悠々と老後の10年20年を過ごす、
なんてことが出来れば、そんなシステムもよかったんでしょう。

だけど今の時代、よほどの不労所得でもないは出来る限り長く働く必要があるんです。
なので、定年セレモニーで現役終了宣言なんてしてもらわれると困るわけです。

よし、何としても定年セレモニーは回避せねばならぬ。

そう決めたのが定年を迎える数年前、いや役職定年を迎えた56歳くらいからはなんとなくそんなムードでした。

そのためには、定年までに退職して、定年制度のない会社に転職すれば良い。
そんなプランを立てました。

そして、2023年11月。
定年の2024年3月末をあと4ヶ月残すところで、退職後の収入確保の手段も手配を終えて、無事に退職をすることが出来ました。

よし、これで来年以降も気持ちの上では現役継続だ。

そして、当時の上司(まぁ以前の後輩なんですが)には、
くれぐれも退職日のセレモニーみたいな事はやめて欲しい。
何故なら、定年退職セレモニーが嫌だからその前に会社を辞めることにしたのだから。

そうは言っても嫌な予感はしていました。
案の定、最終出社日をあと少し残した日に打診されます。

「やっぱり、花束渡したいという人が多いので夕方簡単にセレモニーしていいですか?」

流石にそんな事言われても拒否するほど意固地でないので、有り難く受け入れるしかありません。

退職の最終出社日当日、終業後にオフィスに何十人と他のフロアからも人が集まって来てセレモニーが始まりました。

花束と記念品贈呈。
後輩社員と上司(この時はなんと社長がわざわざ駆けつけてくれました)からの挨拶、
そして僕からこれまでの御礼と退職するに至った経緯とこれからの話。

なんだ、全くもって定年セレモニーと変わらないじゃないか。。

しかし、あくまでもこれは自己都合の退職セレモニー。
まぁ前の職場では「卒業」と言ってましたが。
そう、定年ではありませんから、現役は継続する訳です。
現役引退を決めるのはあくまでも自分。

そして、2週間ほどのブランクを空けて、翌12月から新しい職場を2つ掛け持ちでの複業を始めました。

新しい仕事で忙しく過ごしていたら、あっという間に3月の誕生日つまり還暦を迎え、
そのまま会社に在籍していたら定年退職日だったはずの3月末も、単なる業務委託費入金日としてやり過ごすことが出来ました。

定年だったかもしれない日からひと月が経過して、お陰で様で現役感バリバリで仕事をすることが出来ています。

それが本当に良いことなのかどうかは分かりませんが、
少なくとも新規サービスの立ち上げという好きな仕事を通して社会と繋がっているので、
何もしていないよりは良いんだろう、と思っています。

〈了〉


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