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10代でバセドウ病(小児慢性特定疾患)

おはようございます。
2023年7月22日今日も大阪は炎天下ですね。


今から遡ること7年ほど前16歳だった私は不眠症のため通院していた病院で首の腫れを指摘され採血を受けることになります。
その後、採血項目のTSH(甲状腺刺激ホルモン)の数値が異常に高く医師から電話が来ました。
告げられた内容は「癌か甲状腺機能亢進症(バセドウ病)かもしれません」今すぐに専門医がいる病院に行って下さい。と言われ紹介状を書いていただき、兵庫県の三ノ宮にある病院に行くことになりました。


結果はバセドウ病でした。
精密検査すると通常の人より甲状腺という首にある臓器が7倍に肥大していました。
血圧は上が172で下が120代心拍数が130くらい…

病院へ向かう道中ペットボトルのお茶を飲んではトイレに行くの繰り返しで、恐らく自宅がある大阪に帰宅するまでペットボトル4本分の水分を消費しました。
メルカゾールという薬を1日6錠と心臓の動悸を抑える薬を1錠。2週間に1度は病院に来て下さい。と言われ当分のあいだ三ノ宮にある病院まで通院することになります。あれから7年ほど経ちました。
病気になってから食卓に並んでいた味噌汁は見かけなくなりました。

※大豆食品、海藻類(ひじき、わかめ)などヨードが含まれる食品はバセドウ病患者はあまり摂取してはいけないからです。

バセドウ病患者にしか分からない苦しみ

バセドウ病という病気が世間に認知されるようになったのはここ数年の話です。
本田圭佑さんや歌手の絢香さんがバセドウ病と世間に公表しそこから認知されるようになりました。

日常生活を行う上でかなりの問題が生じます。
私自身、心拍数が高く一気に体重が10キロほど増加し(食べてもすぐにお腹がすく)、突眼球症の症状に苦しめられました(眼球が押し出されるような症状やモノが二重に見える)。また、常に首を絞められているような感覚が夏だけでなく冬も1年中ずっと3年半ほど続きました。当然、息をするのすら苦しい状態です。常に息切れの症状が続きます。(マラソンで走った後と同じ感覚がずっと続く)

死んだ方がマシって思えるくらいきつかったです。

この病気は周りから見た時に分かりにくい病気なので理解されにくいです。

なによりこれが1番辛かったです。

話すだけで息が切れる。
トイレに行ったり最寄り駅に行くまでに時間がかかる。
お風呂に入っても息が上がってなかなか出れない(シャワーだけなのに)。
手の震えは止まりません。これは数値が落ち着くまで何とか耐えるしかありません。気長に付き合って行く病気です。

私の場合薬の副作用もありました。


関節痛


初めは右腕が上がらなくなりました。一時的なものかと思われたのですが、どんどん場所は移っていき脚が上がらなくなったり次は別の場所にと関節痛が続きました。また、当時はよく脚が攣りやすくなりました。太ももの関節が外れることも頻繁に続きます。よく友人に関節を入れ直すのを手伝ってもらっていました。

微熱

37度代の熱が2ヶ月ほど続きました。
これも治ったと思ったら微熱は突然またやってきて続きます。

鼻血が止まらない

毎日です。
白血球の数値が下がっていたこともあり鼻血が出ても1時間程止まらないことがありました。
1ヶ月ほど毎日出ていたためバイト先の奥さんに毎回ブチギレられていました…



小児慢性特定疾患に指定されている


完治するのに時間がかかりますが、難病指定はされていません。
ですが、医療費が負担されているうちにきちんと治すことをお勧めします。18歳になっても治療が必要な場合に限り、更新して20歳まで適応されます。


社会人になって休みの日が13日だとしてその日の半日が病院に消えるなんて最悪です。
だからちゃんと治療しましょう!

夏は地獄

なによりバセドウ病患者にとって夏は地獄です。毎日2リットルのペットボトルのお茶を常に持ち歩いていました。
動けなくなります。当時は筋力低下を実感しました。バイト以外の時間はほぼ寝たきりでした。
自転車漕いでるだけなのに脚が攣るし歩いても息切れで休憩しての繰り返しでなかなか家に辿り着けません。涼しい夜の時間帯が活動しやすかったです。

また、この病気は本当に周りから理解されにくい病気です。そして、私の場合発見が1年ほど遅れ重症化しました。高校を自主退学してから2ヶ月後に発覚しました。学校の検診で何故発見されなかったんだろうとても悔やみました。
ですが、このことがあったからこそ似たような状況の人達を誰よりも理解できます。


続きはまた今度。



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