『はやくみせろ！』

予告編が終わって映画泥棒の警告CMが流れるあたりで

すでにそわそわしていた

ほぼ満員の観客のなか

最前列に陣取る男がひとり

配給会社の定型映像のあと

静かなオープニング

無音のシーンが続き

テーマソングが流れる

「ぐぁあああああ！！！」

男は叫び

立ち上がる

観客はなにごとかと注目

暗がりをスタッフが駆けつけ取り押さえる

別室に連れていかれたあとも

男はかなり取り乱していた

「エンドロール！エンドロール！はやくみせろ！」

「落ち着いてください。」

「うわわあーーーはやく！」

なだめるのにどれだけ時間を要しただろう

あらためてスタッフは男の話に耳を傾けた

きけば

この男の一人娘は

数年前に実家を飛び出し映像の業界へ

音響会社のスタッフとして

日々努力を重ねているという

今回封切られた作品が

初めての映画

そういったわけで

自称会社役員の男は

娘の名前がエンドロールに流れるのを

待ちきれなかった

「みせろ！みせればいいんだエンドロール！」

「そういうわけにはいきません」

「なんでだ！なぜ！オレのムスメだぞ！」

一度は落ち着きを取り戻したものの

こんな問答が続き

はや一時間半にはなろうとしている

そろそろエンドロールが流れる頃だ