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『鐘の鳴るほうへ』


教会は街の中心にあり鐘は陽の差している間、毎時に鳴る


山あいの斜面に住む羊飼いたちは、いつもそれに悩まされる


鐘が鳴ると放牧している羊はすべて、その方向へ突き進んでしまうから


もちろん牧草地を囲う柵を越えることはしないけども


小屋からだいぶ遠ざかり、引き戻すのに大変骨が折れる



街は緑豊かな渓谷に挟まれていて斜面には、多くの羊飼いが住む


彼らは皆ひとしく教会の鐘に悩まされる


正午のそれはとりわけ、けたたましく響くから


羊たちは引き寄せられるように虜になって


鐘の鳴るほうへ向かう



主たちは眉を顰め牧羊犬を叱る


牧羊犬はなすすべもなく落ち込み、小さくなる


鐘が鳴り止んで、ものの五分もすれば羊たちは


落ち込んだ牧羊犬を慰めるかのごとくすり寄ってきて


おとなしくまた群れをなし、小屋に戻る



だからほんとうは、そんな心配は無用なはず


羊飼いは眉を顰める必要もないし


牧羊犬は叱られることもなくていい


ところが渓谷の主たちは皆、教会の鐘に恐れをなしている


そういう習慣が何百年も当地にはある



この渓谷で採れたチーズは大変に高級な品として


世界中の美食家たちを虜にしている













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