『南太平洋の風を浴びながら』

やっぱりビールにしておけばよかった

落陽を望むプールサイド

妙にケミカルな風味で

割高な価格のカクテルを

俺は少し後悔した

初めて旅を共にする

俺の彼女は

ビーチチェアで

心地よい風を浴びて

眠っている様子だ

太平洋のど真ん中で過ごす夜も

今夜が最後

明日の午後には

東京へ帰る便が

彼女が寝言で何か囁く

聞き取れない

プールを挟んで向かいにあるバーが

少し騒がしいせいだ

昨夜はあそこで酔わせてもらった

おかげできょうは

昼までベッドで過ごしてしまった

最後の夜くらいは

この離島の

夜景と

風情を

満喫したい

いまだに

向かいのバーは騒がしい

彼女は眠りについている

気分を切り替えようと考えた俺は

思い切ってプールにダイブした

揺れる水面がキラキラと

底面から照らされていて

吸い込まれるように

目を閉じて

両手を掻きながら

潜水して数秒ののち

再び水面にぷはあーっと飛び出る

あっ！

誰かにぶつかったようだ

す

すみませんっ！

思わず声が出る

ほのかに薄暗いなか

覗いた顔

日本人だ

見覚えがある

あ

大丈夫です

そう返される

そそくさとプールを出て

彼女の隣のビーチチェアに戻る

さて

俺と同年代のあの男性は

どこかで見たことがある

会ったことがある

同僚か？

いや

芸能人か？

そんなことはない

南太平洋の風を浴びながら

しばらく思いを巡らす

ああ

自宅最寄りのファミマの店長じゃないか

ファミチキください