父親

父はアルコール依存症で酔っては暴れて母を引きずり回した。壁には大きな穴が幾つか空き、お皿やコップが割れた。

私の育った家庭は典型的な機能不全家族です。

外まで漏れる怒声と叫び声で、近所の人が心配して時々声をかけてくれた。けれど昭和の時代、酔っ払うオヤジが家庭で暴れる事など漫画にもなるほどよく見られる光景だったからか、警察に通報されるとか、児相に電話がいくなんて事にはなった記憶がない。
少なくとも、両親が離婚する以前は無かったと思う。

私は兄や姉達と震えながら押し入れに身を潜め、兄弟5人はその嵐が過ぎるのを息を殺して待った。正確には、当時妹はまだ赤ちゃんだったから、引きずられる母の腕の中に抱かれていた。引きずり回した果てに、妹を抱く母の頭からお酒をぶっかけるのが父のお決まりだった。

私はその当時3歳か4歳。
私にとって“父親”とは、帰って来るのも時々で、何をするか分からない怖いオジサンでしか無かった。父が帰ると「あの人が帰ってきた…!」と、厳戒態勢に入る家族達。凶暴な肉食動物が家を陣取ったような緊張感の中、ビクビクとして過ごした。
本当に怖かった。

たった3歳で、自分を守ってくれるはずの親はいなかった。片方はただの凶暴な人間で、もう片方は自分を守る事に精一杯の無力な女だった。母も兄も姉も妹も、どれだけ怖かっただろう。

私が5歳頃だったと思うが、両親が離婚した。
もうあの怖い人は帰ってこない!
と無邪気に嬉しい気持ちがあった。

けれど離婚して暫く、父が何度も訪ねてきては玄関のドアを激しく叩きながら「開けろゴラァ!!!!!殺すぞゴラァ!!!」と怒鳴り散らす事が続き、その期間は警察を呼んだり近所の方に呼ばれたりして、近所の方にも警察にもとてもお世話になった。

息を潜めてドア越しの物音に耳をそばだてると、父と警察官の話し声が聞こえる。時々父の母親、私から見れば祖母が来て警察官と一緒に父を止める事もあった。

改めて書くと、記憶が鮮明になって恐怖が蘇るのか動悸がしてきた。。 

ある時突然ピタッと父は来なくなった。
あとで知るのだけど、再婚したようだった。
しかも、離婚前から浮気をしていた女とくっついたそうだ。大人になってから聞いた話だけれど、父は浮気性で過去に何度か浮気をしたらしい。私には腹違いの兄弟が他にも何人かいる。

暴力的で支配的で浮気性で
アルコール依存症。
これだけでも相当のクズなのだけど、父が亡くなったのは刑務所の中。

医師法違反、数多の詐欺で逮捕され、最終的に刑務所へ行った。そして、肝臓癌を患って孤独に死んでいった。

死ぬ間際だと思うが、母と私達子供を思い出したのか長い分厚い手紙が母の所に届いた。
母は気持ち悪がって読まないので、代わりに私が読んだ。

震える文字で、とてもじゃ無いけど文字が汚なすぎて全ては読めなかったが、子供一人一人へのメッセージと、母への謝罪のような懺悔のような言葉がつらつらと書かれていた。

相当今更で誰の心にも響かなかったが、そんな事より私は、最後まで私の名前の漢字を間違えて書く父に悲しくなっていた。何度違うと伝えても間違う父。自分の子供だよ。どうして名前の漢字さえ覚えていないのか。どれほど家族に無関心だったのか。。


【父へ。どれだけ後悔したって懺悔したって、あなたが家族を大切にしなかった事実と、母や子供達にトラウマを植え付けた事実は変わりません。私の漢字、また違ったよ。だけど私は少し、嬉しくも思ったんだ。最後に思い出したのが母と私達子供であった事が。私はお父さんに名前さえ覚えてもらえなかったんだよ。抱っこされた事もない。あなたの側にいて、安心感を抱いた事もありません。それでも私はお父さんの好きなところがあります。小さいあなたなりの優しさと気遣いを、私は覚えています。離婚してからも暫くずーっと、クリスマスには大きなケーキを送ってきてくれた。子供達がみんなで食べられる様になのか、見たこともない大きなケーキだった。貧乏で、普段からケーキなんて食べられなかったから、私はあれがとっても楽しみだったよ。おかけで5人ともお腹いっぱい食べられたよ。それに、子供達があなたに何かお願いをすれば、あなたは叶えてくれました。とても行動力があった。釣り、キャンプ、北海道一周旅行、焚き火…色んなチャレンジをさせてくれたのは紛れもないお父さんです。見栄っ張りでどうしようもない人だったけど、あなたが居なければ私は今ここにいません。私の人生はとても険しいものでした。私もお父さんのようにクズな人間になってしまっていました。あなたの責任もありますよ!お父さんが生まれ変わる事があったら、今回の人生を教訓にして、どうか自分も周囲も幸せにする人になってください。私はお父さんの幸せそうな顔と、その顔でお母さんを守る逞しい父親が見たかったのです。その時はまた私を産んで、たくさん愛してください。今はせめて、私の幸せを天国(地獄かな?)から願っていてください。ありがとうございました。】

父のしたことは許してはいけない事だと思います。

でも私は父がそうなった事を許しています。



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