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冒険家アルセニエフと彼を導いたウデヘ族

若者の何パーセントが「デルス・ウザーラ」という人物を知っているだろう
おそらく0.1%にも満たないのではないだろうか

1900年初頭、ロシアの極東周辺はまだよくわかっていない地域だった
私の投稿では極東地域というワードがよく出てくるが、ロシアの極東地域とはウラジオストクやハバロフスクなどロシアの管轄している区域の中で最も東のほうにある区域のことである


首都のモスクワから5000㎞以上離れたこの土地を調べるためにやってきた一人の冒険家が「ウラディミール・アルセーニエフ」という人物である

私のほかの投稿でアルセニエフ市という都市に行っているが、名前の由来はまさに彼の名「アルセニエフ」からとっており、今でもアルセニエフ市の小高い丘の上では彼の石像が街を見下ろしている(上写真)
彼の冒険により当時のロシア国民の(当時はソビエト連邦)極東地域への知見が大きく広がり今に至っている
彼がいなければ今ほど極東地域の発展はしていなかっただろう

アルセニエフは探検隊を組織し、極東地域の探索に挑んだわけだが、今のように道路があるわけではなく、深いタイガ(針葉樹の密林)や-30度を超える極寒の永久凍土、さらにはアムールトラや日本でいうところのヒグマなど多くの危険が潜み、調査をするにも容易でない地域だった
そんな彼の大きな支えになったのが「デルス・ウザーラ」という一人のウデヘ族だった
ウザーラの自然に対する知恵と技術によりアルセニエフは極東地区の調査を無事終えることができた

実はこのアルセニエフとデルス・ウザーラの極東調査については黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」という日ソ共同制作の映画が存在する
そのため1970年代の黒澤映画を見ていた方の中には知っている方もいるかもしれない

アルセニエフ、デルスウザーラともに日本ではほとんど知られていない人物だがロシア国内にはいくつも博物館が存在する
近いところだとウラジオストクに国立アルセーニエフ記念沿海州総合博物館があるのでより深くロシアの極東地域の歴史について知りたい方には是非おすすめしたい
アルセニエフが100年前に探検した極東地区には今では多くのロシア人が住むが、ウデヘ族などの少数民族たちは年々数が少なくなるとともにその技術や知識も失われつつある
だが、ロシアの子供たちはアルセニエフというロシア人冒険家を支えたウデヘ族が居たことをしっかりと学び、自分たちの歴史を演劇などの形で後世に繋いでいる(左の彼がデルス・ウザーラ役)


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