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【表現研】映画評『すばらしき世界』

今日封切ということでさっき近所の映画館で見てきたので、備忘の意味も込めて感想。

監督:西川美和
原案:「身分帳」佐々木隆三著(講談社文庫刊)
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、橋爪功、キムラ緑子、他

 令和2年の犯罪白書によると、刑務所を満期出所した人の約半数は5年以内に再入、つまり再び犯罪を犯し檻の中に戻ってしまうらしい。受刑者が再び社会に戻り、馴染んでいくことは、あたりまえだが非常に難しいのだろう。殺人を犯し、13年の刑期を満期で終えた三上(役所広司)が刑務所を出る場面から物語は始まる。生活保護を受けながらおんぼろアパートの2階で生活をスタートさせた三上だが、短気でカッとなりやすい性格も災いし、うまく周囲と溶け込めない。そんな彼と周囲の人間の軋轢、そして出会いを中心に物語は進んでいく。
 この三上という男、どうしようもない人間であることは確かなのだが、その根っこにある優しさを感じてしまうが故に憎みきれない。優しさと狂気の間に揺れる人としての不安定性、それが一層人間臭さを感じさせる。この“厄介だけれども放っておけないおじさん”感を見事に醸し出した役所広司はさすが。人間、優しい部分も持ってるし、時にものすごく残酷にもなれる。“良い人”は存在しない。逆に言えば、全ての人間がある角度から見れば“良い人”なのだ。本作にはそうした生身の人間の多面性というかリアリティーを感じることができた。
 受刑者の出所後を描く作品として有名なものとして『幸福の黄色いハンカチ』があるが、本作にあのカタルシスを求めてはいけない。本作の描き出す現実には黄色いハンカチは存在しない。ハンカチが掛かってないどころか、嫁の再婚相手のパンツが干してあるぐらいの生々しさを突き付けてくる。ただ、そうはいっても「ほら、現実って厳しいだろ?」とドヤ顔で突き付けてくるだけの作品では決してない。本作には目に見える分かりやすい救いは、ない。だが、三上が選び取った小さな縁が小さな居場所を作り、そしてそれがほんの少しだけあたたかな救いとなる。『この世界は生きづらく、あたたかい』この言葉の意味は十分に感じられる、良い作品だった。ただ、ラストの結末は微妙。原作とは異なる結末のようで賛否が分かれるところだと思うが、私は気に入らなかった。あのラストのせいで作品のリアリティがだいぶ失われたように思う。
 あと、三上を取材する青年を演じた仲野太賀の演技がすごくよかった。彼の純朴さと葛藤、そして一人の青年の心に三上という人間の生きざまが深く刻まれていく過程をすごく感じられた。彼の出ている他の作品もチェックしてみようかな。

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